「ディスられた」と部下が思わない、ウマい話し方

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■裁判長が被告人に語る「説諭」に学べること

長年、裁判傍聴をしていると、「嫌がられない“攻めの小言術”」というものがあることに気づく。裁判長が判決の宣告をした後に被告人に語る、言葉。その中には、ビジネスマンが日頃の仕事に生かせる教訓があると思うのだ。

さて、説教はされるほうもツラいが、するほうもラクではない。

もし、部下に説教するのが楽しくてしょうがないとしたら、あなたの態度は自分に酔っているとしか思われず、好感度が最悪なのはもちろん、誰も真剣に聞こうとしなくなるだろう。上から目線の小言を聞かされても得るものはないからだ。

部下と上司の関係は円満な方がいいし、社内の雰囲気は明るい方がいいに決まっている。それでも上司として黙っているわけにはいかないケースはある。大きな問題が発生したときに担当者を叱る、というようなわかりやすい例ばかりではないだろう。

・素行や口のきき方が同僚に悪い影響を与えている
・明らかに調子に乗っている
・全体の雰囲気がダレている

……といった、見逃すと将来大きなトラブルの種になりそうなことを未然に防ぐ意味合いもある。

管理職限定の話ではなく、後輩社員との接し方でも同じことだ。後輩が先輩という立場になったとき、あなたのことを嫌な先輩だったと思うか、うるさいのには理由があったと理解してくれるか、それは、いまのあなたの態度が決定する。

部下のため? 会社のため? いやいや、いい人ぶってもしょうがない。あくまでも自分のため、家族のためだ。派手な立ち回りでトラブルを解決するより、日頃からトラブルが起きないよう工夫するほうがずっと賢いビジネスマンだろう。

そのためにも、細かい指摘をしても嫌がられない“攻めの小言術”をマスターしておきたい。

部下の性格もそれぞれだし社風も違うから、たしなめ方や叱り方の途中経過については触れない。ポイントは締めの言葉。部下をふてくされたり萎縮させすぎたりしない説教の終わらせ方だ。

■管理職が手本とすべき裁判長の説諭

「裁判長は、判決の宣告をした後、被告人に対し、その将来について適当な訓戒をすることができる」(刑事訴訟規則221条)

人によっては何も言わないこともあるが、多くの場合、被告人に一言添える。典型的なのは以下のような内容となる。

「二度とこのような過ちを繰り返さないでください」
「これから刑務所に行ってもらうわけですが、そこで罪を償って、また法廷で裁かれることがないよう注意してください」

傍聴好きにとっては耳タコのフレーズで、家族のことを持ち出すのも王道だ。

「刑期が明けるのを奥さんやお子さんが待っているのですから、しっかり反省し、二度と〜(以下同)」

通常はこの程度で終わることが多いが、社会的な影響が大きい大事件や、審理の過程で裁判長の琴線に触れたときなどは、身を乗り出し、長く熱のこもった説諭に。ときには親身な言葉に心を動かされた被告人がすすり泣く光景も見られる。

すでに判決は出ているのに、なぜ裁判長は被告人に語りかけるのか。

理由は一つしかない。再犯防止のためである。裁判の目的は犯罪者を刑務所に入れることではなく、罪を償わせ、被告人を更生させることなのだ。

被告人がしたことは悪い。だから罰として刑務所に入ってもらう。しかし、そこで罪を償えば今回の件には終止符が打たれる。出所し、やり直すことができる。そこに希望を持ってもらいたい。

親が、きょうだいが、家族が、友人が、立ち直ることを期待し出所の日を指折り数えているのだから、ヤケにならず、前向きに生きて欲しい。裁判長はそういうメッセージを送るのである。それでもまた罪を犯す人もいるけれど、絶望感に苛まれたとき、裁判長の言葉が胸に蘇る被告人はきっといるだろう。一定の効果があるからこそ、説諭という儀式が存在するのだと筆者は思う。

仕事の場面に置き換えてみよう。

■親身な裁判長ほど、微罪に対しても真剣に説諭

失敗した部下を叱咤するのは誰でもできる。この先どうしたら良いかの指導やアドバイスも多くの人がやることだ。

しかし、ともすればそれは実務のコツを伝授する技術論に傾いたり、“必死でやればできる”的な精神論になってしまったりしがちではないだろうか。昭和的な“飲みニケーション”も、鬱陶しいと思われ逆効果かもしれない。

一方、部下の失敗をたいしたことじゃないと慰めたり励ましたりするのも効果は期待できない。むしろ逆。親身な裁判長ほど、微罪に対しても真剣に説諭するものだ。

経験を積んだ人にとってはたいしたミスに思えなくても、若手にとっては身も震えるほどの痛手で、心の中は動揺しまくり、というケースは多い。本当にまずいこととリカバリー可能なことの選別ができるようになるのは何年も先の話だ。

失敗を償うべく与えられる罰とその理由を言い渡された部下はガックリ落ち込んでいる。初めてならいざ知らず、何度目かとなれば自信も失い、ぐらつく気持ちは被害者意識と結びつきやすい。

自分はここで通用するのか、必要とされるのか、出世できないのではないか。いずれまたミスをして悪者にされるだろう。あるいは、よく考えたらたいした仕事じゃないし、人間関係にも恵まれていないんじゃないか。ぼちぼち転職先を探そう……。

そんなネガティブな感情に襲われた部下に対する声がけとして効果的なのは、「意識を先に」持たせることではないだろうか。

「今回は残念でしたが、失敗は成功のもと。次回に期待していますよ」

歯の浮くようなセリフも、裁判長たるあなたの口から出れば重みを持ち、気持ちを切り替えるきっかけになり得るはずだ。

部下が大きなミスをしたわけではないけれど、その素行や口のきき方に関して上司が注意をしなければならない状況もある。部下は心の中で思う。

ミスしたわけでもないのに叱られた。いちいちうるさいんだよ。ここは学校で上司は先生か。いずれミスをしたら、それみたことかと悪者にされるだろう。よく考えたらたいした仕事じゃないし〜(以下同)

重大なミスがない局面では、よりデリケートな対応が必要だ。ありきたりの小言で終わらせたらマイナス思考の原因になる。

「ここは会社だから、社内ルールに照らして注意をしました。この程度で、と思ったでしょうが、大きな問題にならないうちに解決できるならそれでいいじゃありませんか。この程度のことだからこそ、将来有望な社員に大きな失望感を与える可能性を、いま消しておきたかったんですよ」

細かい指摘にふてくされ気味の部下に、裁判長ならこんな声をかけ、なごやかな“閉廷シーン”を演出しそうだ。

さて、あなたにはどんな言葉の用意があるだろうか。

(コラムニスト 北尾トロ=文)