田中 進(たなか・すすむ)●株式会社サラダボウル代表取締役。1972年、山梨県中央市生まれ。横浜国立大学経営学部を卒業後、東海銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行。約5年勤めた後プルデンシャル生命保険に転じ、また約5年勤務する。その後就農。2004年、株式会社サラダボウルを設立して現職。05年には特定非営利法人農業の学校を設立して理事長に就任する。著書として『ぼくらは農業で幸せに生きる』がある。サラダボウル>> http://www.salad-bowl.jp/

写真拡大

山梨県中央市に本拠を置く株式会社サラダボウル。地元の休耕地を引き受けてこだわりの野菜をつくるほか、行政と組んで日本初の高糖度ミニトマト「スプラッシュ」の栽培にも取り組む。創業者である田中進社長は、大学卒業後に一旦は金融機関で働くも、農業に可能性を感じて農業の世界に飛び込んだ異色の経歴の持ち主。金融マン時代に数多くのベンチャー企業をサポートした経験を生かし、「農業の新しいカタチを創りたい」と意気込む。今年13年目を迎えるサラダボウルの、成長の軌跡を聞いた。

■部下の一言で覚悟を決めた

――これまでをふり返って、大変な時期もあったかと思いますが、飛躍のきっかけとなったターニングポイントはありましたか。

【田中】会社を立ち上げて3、4年した頃でしょうか。今は役員を務める当時の部下に「現場は僕らに任せてほしい」と言われたことがあります。それまでは僕も一緒に畑に出ていたのですが、「僕らが今日のサラダボウル、明日のサラダボウルをつくっていくから、社長には3年後、5年後、10年後のサラダボウルをつくる仕事をしてほしい」って。そのときですね、次のステージに向かってやっていくんだと覚悟したのは。それをきっかけに、次を担うリーダー育成にも本気で取り組むようになりました。

大規模投資で立派な施設をつくると、それが飛躍のきっかけのように言われることがあります。ですが、それは必然の結果であり、それ自体が重要なことではありません。それよりも、その前段階で挑戦できる体制が整ったことのほうが重要。それはつまり、人が育ち、モノ、カネ、情報などの経営資源も揃ってきたということ。そこが一番大きなターニングポイントだと思います。

――なるほど。大規模投資など外から見える変化よりも、人が育つことが会社にとっての転機になるわけですね。

【田中】そうですね。ターニングポイントをもう1つ挙げるなら、さっきの一件より前の話ですが、人材育成について教育に携わる人に厳しく指摘されたことがありました。僕たちはその頃から、全国から人を集めて農業研修を行っていましたが、「田中さんがやってることは、農業をやりたい人を集め、脱落者を出しながら優秀な人を選び出しているだけ。人材育成でも教育でもない」と。当時の僕の意識では、農業はつらくて当たり前。それで弱音を吐いて辞める人間のほうが悪い、くらいに思っていたんです。まったくお恥ずかしい限りです。

そうではなく、サラダボウルにやってくる就農希望者を農業の道で幸せにすることが、本当の意味での人材育成・教育である。そう気づかせてもらってからは、人材育成のやり方も変えてきています。

■一発逆転よりも、大きな失敗をしないこと

――今年で13年目を迎えられました。

【田中】農業を産業化したいという思いがあるので、10年経ってやっとスタートラインに立てたなと。これからまた次の時代に向かって、やりたいことに挑戦していける。今はそんな状況だと思います。

――今後仕掛けていくなかで、やはり「人」が強みになっていくわけですね。

【田中】仕掛けていく、というと語弊がありますね。それほど積極的な拡大志向は持っていません(笑)。どちらかと言えば、100回に1回成功することよりも、1万回、10万回やっても失敗しない決断を選んできた結果、今があると思っています。

僕は周りが思う以上に小心者で、失敗しないことしか考えてないですよ。やはり零細企業ですから、1回の失敗ですべてが終わってしまうことだってある。その1回の大きな失敗をしないために、小さな挑戦と小さな失敗をくり返して、うまくいく方法を探っているんです。

――背伸びや冒険はやらず、高い打率を狙うと?

【田中】そのとおりです。大きな失敗をするかどうかは、自分たちの能力や強み云々よりも、社会的要請という大きな流れやトレンドに乗っているかどうかだと思います。社会が要請するところにはニーズがあります。それに沿って投資をすれば、余程のことがない限り失敗しません。社会の要請に対して、マーケティングや生産管理ノウハウを含めて実行できる人がいるか、野菜をきちんとつくれる要素が揃っているか、あとは自分たちの取り組みがそれほど無茶じゃないか。そういうことを考えながらやっているつもりでいます。

■成長はあとからついてくる

――将来目指すポジションや、描いている成長戦略はありますか。

【田中】成長戦略は特にありません。僕たちは、農業を地域にとって価値ある産業にしたい。ただそれだけです。その必然の結果として、ビジネスの範囲が広がっていくだけだと思っています。

会社がある山梨のこの地域は、ご覧のとおり、すごい山の中です。ウグイスが鳴いていて、とても気持ちいいんですよ。ここに社員10名、パートさん約100名の新しい雇用が生まれています。60代や70代の年配の方々が、重い物を持つことなく、しゃがまず屈まず仕事ができる場所が生まれているんです。ここでは南アルプス山系の天然水で育てられたトマトをはじめ、お客さまに喜んでもらえる野菜が生み出されている。周りの人からも、「あの美味しいトマトつくってる会社で働いているんだね」って声をかけられる。そして全国の人たちから、「うちでもやってほしい」と呼んでもらえるのはうれしいことです。

――2年後には、岩手や宮城でも農場の展開が始まりますね。

【田中】震災が起きた場所で、地域に価値ある産業として僕らの農業に興味を持ってもらったら、喜んでやりますよ。いずれ地域の人たちが核となってやっていけるように、一緒になって取り組むのは必然だと思うし、それがさらに全国に広がっていくなら、それは社会的な要請があるからだと思っています。

逆に、単に「もっとビジネスを大きくしたい」という欲によって事業展開が決断されてしまったら、歪みができて、売れなくなったりするのだと思います。売れなくなるから、安くする。安くすると、今度は無理に生産性を高めなくてはならなくなり、自分たちの首を絞めることになる。働く人たちも幸せではなくなってくる。そういうことは、やりたくないですね。

――安くすることよりも、価値を生み出すことが大事だということですね。

【田中】農業を始める前は金融機関にいましたから、さまざまな企業の成長の形を見てきました。真のエクセレントカンパニーとは、きちんと価値をつくって、それが認められ、利益に反映されている。僕らも誰かと争い、奪い合って大きくなるのではなく、みずから価値をつくり出して成長していけるような事業をやりたいと思っています。

■人件費率を管理する

――田中社長は元金融マンでもいらっしゃるので、ぜひ伺いたいのですが。KPIというか、今後の成長に向けた具体的な管理指標は何か設定されていますか。

【田中】はい、設定しています。サラダボウルが行う農業経営は、古いハウスが点在する昔ながらの環境のもと、気象にも左右されながら、それぞれの場所で異なる条件で野菜を育てていくスタイルです。そこでのKPIと、施設栽培を行う関係会社であるアグリビジョン(太陽光だけを利用する国内最大級の太陽光利用型施設)や兵庫ネクストファーム(国の支援事業として建てられた大規模園芸施設)では、当然ですがKPIは異なります。

サラダボウルの場合、栽培品目ごとの人件費をKPIに定めています。それが過去12年間一度も赤字を出すことなくやってこれた理由だと思います。まぁ、格好よく言えばそうですが、結局は給料が安いから黒字だというだけの話で、従業員には本当に申し訳ないです。

――直球なお答えをありがとうございます。

【田中】ただ、それは皆もわかっています。払いたい気持ちがあっても、払えないからしょうがない。自分たちの給料は自分たちで上げていくしかない。だから人件費にもっと注目してやっていこうよ、ということです。

人件費は、売上の35%から40%が目標です。考え方としては、売上は「単価×収量」で決まります。僕らの農作物は固定価格なので、売上を上げるには、収量を上げる必要がある。収量を上げるには、秀品率(全体収量の中で良品が占める割合)と作付面積を増やしていくことになる。それをどのくらいの人で管理するか、ということです。逆にそこをきちんと管理しておけば、計画的な生産ができるのが僕らのスタイルの特徴でもあるんです。

――アグリビジョンや兵庫ネクストファームといった関連会社では、また別のKPIがあるわけですね。

【田中】そうです。施設栽培の場合に大事なことは、戦略性の高さと、その戦略を実行できるかという部分。それによってKPIも変わってきます。

(後編に続く)

----------

有限責任監査法人トーマツ
有限責任監査法人トーマツは、日本におけるデロイト トウシュ トーマツ リミテッドのメンバーファームの一員である。監査、マネジメントコンサルティング、株式公開支援等を提供する、日本で最大級の会計事務所のひとつ。

----------

----------

農林水産業ビジネス推進室
農林水産業ビジネス推進室はトーマツ内の農業ビジネス専門家に加え、農業生産法人などの農業者、小売、外食、食品メーカー、金融機関、公官庁、大学他専門機関など外部組織と連携し、日本農業の強化・成長を実現するための新しい事業モデルの構築を推進している。詳細はWebサイト(https://www2.deloitte.com/jp/aff)参照。

----------

(田中 進(サラダボウル)=談 大和田悠一(有限責任監査法人トーマツ)=聞き手 前田はるみ=文・構成)