標高2200mのメキシコシティは、空気の量が平地の3分の2ほどしか存在しない高地だ。激しい運動をすれば、たちまち息が上がるのと同じように、その空気の薄さがF1マシンにもさまざまな影響を及ぼす。

 エンジンに取り込まれる酸素の量が減れば、それだけパワーは下がる。ただ、現在のF1パワーユニットでは、ターボの過給を通常よりも上げて空気が薄いぶんだけさらに圧縮することで、平地と同じレベルの酸素量を取り込み、パワーの低下を抑えることができる。

 ターボ周りに弱点を抱えていた昨年のホンダRA615Hは、十分に過給を上げることができず、そのパワー低下を取り戻し切ることができなかった。しかし、今年は違った。

「結果から言うと、あんまり影響はなかったですね。そこに向けていろいろとセットアップをしなければならなくて、最初の走り出しは相当問題が出ましたが、チューニングをした結果、出力のロスはほとんどありませんでした」

 ホンダの長谷川祐介F1総責任者は、金曜のフリー走行を終えて安堵の表情を浮かべた。ただし、もちろん不安が完全に払拭できたわけではなかった。

「大丈夫って言うと壊れるんで、あんまり言わないようにします(苦笑)。TC(ターボチャージャー)の回転は通常より2割くらい上がっていますからね。ただ、それは事前にHRD Sakuraで検討した範囲なので、大丈夫だとエンジニアは言っていました」

 ターボには通常よりも大きな負荷がかかるうえに、フェルナンド・アロンソのマシンには旧型スペック「3.0」のICE(内燃機関エンジン)が搭載されていた。残り3戦のやりくりを考えてのこととはいえ、信頼性対策を施した「3.5」と比べれば、「3.0」はベンチテストでトラブルが発生したロットのパーツを内包している可能性もあり、もしそうだったとすれば、5戦という想定よりも格段に短い走行距離で壊れてしまう恐れがある。それでも、メキシコGPの1戦だけならば、信頼性に自信が持てる範囲内だった。

 しかし、メキシコシティでマクラーレン・ホンダが直面した問題は、そこではなかった。

「パワーユニットとしては、去年に比べればかなり改善したなと言えると思います。特に、ここに合わせてきたターボの設定がうまく機能しています。フェルナンドは『ここではエンジンの損失は全然感じなかった。今シーズンで初めてコンペティティブだった』とまで言ってくれました。もちろん、『ライバルを超えている』ということではなく、『戦える』という意味ですけど(苦笑)、文句を言われなかったのは今年初めてです。でも、クルマとして見たときには、かなり苦戦していますね......」

 長谷川総責任者は言う。高地の影響が、車体側にも出てしまったのだ。

「あまりに寒くてタイヤを機能させられなくて、ドライバーたちは『全然グリップしない』とずっと言っていましたし、特にミディアムタイヤなんて『氷の上を走っているようだ』と言っていましたから。それに、『ダウンフォースが足りない』と言っていましたし」

 空気が薄ければ、ダウンフォースの発生量も小さくなる。マシンには超低速市街地サーキットのモナコと同じ最大空力パッケージが装着されていたが、それで走行しても発生するダウンフォース量は超高速モンツァ仕様の最小空力パッケージにさえ満たないのだ。

 その条件はどのチームも同じだが、そんな環境だからこそ、ダウンフォースの損失がどれだけ小さくて済むかは空力性能の善し悪しによって決まる。

「空気が薄くてダウンフォースが出ないというのはどこも同じはずなんですけど、レッドブルやトロロッソは速い。空気が薄いぶんだけ空力性能の善し悪しが余計にシビアになりますし、ウチはその影響が他よりも大きかったのかなという気がします」

 ダウンフォースが少ないせいでグリップが不足し、タイヤの保(も)ちも悪くなる。

 第19戦・メキシコGPが行なわれるエルマノス・ロドリゲス・サーキットは1.314kmという長いストレートがある反面、中低速コーナーが多く、エンジン全開率は40%にも満たない。逆にブレーキング時間は26〜27%。つまり、それだけコーナリングとブレーキングに費やす時間が長く、空力性能とグリップレベルが重要なのだ。

 実をいうと、マクラーレン・ホンダはこのメキシコGPに対してそれなりに自信を持って臨んでいたという。自分たちがもっとも苦手とする回り込むような高速コーナーがないことと、得意なブレーキングの時間が長いことが、その理由だろう。

 しかし、予想外のダウンフォース不足で速さを発揮できなかった。

「今、ウチのチームに予想外ってないんですよ(苦笑)」

 長谷川総責任者は自嘲気味にそう語る。想定外のことばかり起きて、慌てて現場対応に追われる。「結果がすべて」だという信条のレース屋にとっては、名門チームだろうがなんだろうが、結果が出ていなければ何の意味もないのだ。

 前戦のアメリカGPの5位に浮かれることなく、メキシコGPの金曜には「今回のほうが忙しいくらい」のテスト項目を持ち込み、来年に向けてシミュレーション誤差の確認作業を続けていた。この作業がきちんと反映されれば、来年はこんな予想外に苦しむことも減るのかもしれない。いや、名門チームたるもの、そうでなければならない。

 予選でも、決勝でも、マクラーレン・ホンダの2台はトップ10圏内に入ることはできなかった。ザウバーやルノーの後ろに渋滞ができ、そこから抜け出せない苦しい展開になった。1周目にセーフティカーが入り、そこでザウバーやルノーがタイムロスなくミディアムタイヤに交換を済ませていたからだ。

 ミディアムは性能低下がほとんどなく、マージンを大きく取るピレリからの使用周回数指定でも「制限なし」とされるほどだった。1周目に交換してから71周目まで、実質ノンストップでレースを走り切ることも可能だったのだ。しかし、タイヤが苦しいマクラーレンにはその発想はなかった。ザウバーやルノーはいずれピットインして、前が開けると思っていたのだ。

「1周目からずっとプッシュしている! トラフィックに捕まって、レースを走るべきじゃないクルマでだ!」

 アロンソは無線で怒りをぶちまけた。

「僕らのペース自体は決して悪くなかった。でも、トラフィックのせいで前に追いつけなかったんだ」

 12位でフィニッシュしたジェンソン・バトンは、11位のザウバーが実質ノンストップで走り切ったことを伝えられてそう答えた。

 1周目のセーフティカーがなければ、レース展開は変わっていたのではないか? そう尋ねると、長谷川総責任者こう答えた。

「ザウバーの後ろに入っていなければ、もう少しセルジオ・ペレス(フォースインディア)やウイリアムズと絡める展開になっていたかと思いますし、そういう意味ではすごく残念です。しかし、ペースはフォースインディアとウイリアムズには負けていました。実力的にも確実にポイントが獲れるほどではなかったし、戦略上の不運もあった。でも、タイヤの保ちを考えても、結局はやりようがなかったんです」

 昨年は高地メキシコシティでパワーユニットが機能せずに惨敗を喫した。しかし今年は、車体としても高地に適応し切れていなかったことが明らかになった。標高2200mのメキシコシティが名門にふたたび教訓を与えてくれたのだ。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki