こい【恋】
人を好きになり、
いつまでもそばにいたいと思う気持ち。
「少年は―を知り、
はじめて胸の痛みを知った」

いいなぁ、この語釈。この短い文だけで、胸がキュッとする。

三浦しをんの小説をアニメ化した『舟を編む』。
辞書編集部で働く人々を描くドラマだ。


先週放送された第3話「恋」では、コミュ障の主人公・馬締(まじめ)光也(演:櫻井孝宏)が美女・林 香具矢(演:坂本真綾)への恋心をはっきりと自覚した模様。
また、編集部の同僚・西岡(演:神谷浩史)との関係にも変化が起こりつつあるようだ。

辞書編集の異能力者・馬締光也


満月とともに現れた香具矢は、馬締が住むアパートの大家さんの孫娘だった。これから同じアパートに住むのだという。挨拶しても、自分のことを何も伝えられない馬締はものすごく落ち込む。編集部で共同作業しているとき、うまく自分の考えを伝えられないという悩みとシンクロしてしまったのだろう。

同時に、恋とはなんだか苦しいもの。馬締のイメージでは、香具矢の顔に「苦」という文字が無数に重なる。恋とはコミュニケーションでもある。対人コミュニケーションが苦手な馬締にとって、恋とは想像するだけで苦しいものなのだろう。

しかし、辞書編集部にやってきた馬締はまさに水を得た魚。地道な用例採集カードの作成作業に熱中し続ける。『校閲ガール』の河野悦子もそうだが、出版社にはこうした異能力者がまぎれこんでいる(けっして全員がそうではない)。

仕事中、突然「うひょぐ」という変な声を出す馬締。馬締がこのとき読んでいたのは「距離」という言葉の用例採集カード。記されていたのは、夏目漱石「明暗」の一節だ。

彼女が一口拘泥るたびに、津田は一足彼女から退ぞいた。二口拘泥れば、二足退いた。拘泥るごとに、津田と彼女の距離はだんだん増して行った。大きな自然は、彼女の小さい自然から出た行為を、遠慮なく蹂躙した。

これを読んで馬締の恋心を悟る西岡も、さすが出版社の社員という感じ。文学には一切興味がない河野悦子なら「ハァ? これが何?」と言いそう。

辞書の編集作業にはすぐに飽きてしまう西岡だが、こういう話になるとイキイキしてくる。最初は馬締をあからさまに変人扱いしていた西岡だが、親近感も湧いてきたようだ。西岡はこの年の男にしてはボディータッチも多い。急接近という感じもする。

馬締も、西岡のコミュニケーション能力に憧れの感情を抱くようになってきた。西岡のような男を、軽薄だと見下さないところが馬締の美点だろう。自分の好きなことだけでなく、自分に足りないところを見つめ、他人の優れた能力を見つけて讃えることができる。馬締は素直なのだ。

「変なやつだけど、面白くなる……のかもな」
「えっ」
「なんでもねえよ!」

西岡と馬締が満月を見上げながら語り合うのは、御茶ノ水の聖橋。地上に顔を出す丸の内線の線路が見える。『舟を編む』の舞台になっている神保町、御茶ノ水、湯島、春日界隈は筆者の住んでいる場所から近いのがうれしい。

「恋」の語釈をよく見てみると……


冒頭の「恋」という言葉の語釈は、『三省堂国語辞典』の編集者・飯間浩明によるものだ。飯間によると、これまで「恋」の語釈は「男女間」での感情だと解説するものが大多数だったが、『三省堂国語辞典』では「人を好きになって、会いたい、いつまでも そばにいたいと思う、満たされない気持ち(を持つこと)」としたのだという。今回の語釈も、『三省堂国語辞典』に則ったものだ。

恋をするのは男と女とは限らない。馬締が香具矢に抱いた感情は間違いなく「恋」だが、西岡が馬締と一緒に働いていたいと考える気持ちだって「恋」と解釈することは……できないかな? 「恋」と題された第3話が、実は馬締と西岡の距離が縮まる話だったからこそ、そんなことを考えてしまった。

原作の持つユーモラスな面もよく出ていて、非常に満足度が高い第3話でした。第4話「漸進」は今夜放送。辞書編纂中止という動きに対して、辞書編集部の面々のとった行動とは……?
(大山くまお)