【東本貢司のFCUK!】ただ事ではない「ポピー論争」

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▽もし、フレンドリーであれ何であれ「8月15日」に行われることになった日本代表の国際試合において、サムライジャパンの面々が「喪章」を腕に巻いてピッチに出たとしたら、それは何等かの「政治的」なメッセージとして受け取られるのだろうか。筆者の知る限り、過去にそんな議論が俎上に上げられたこともなければ、そもそもそのような発想すら(特にJFAに)芽吹いたこともないはずだが、この際、是非「同案を考慮することになった」として考えてみてほしい。繰り返す。そこに「政治的」な意味合いが込められていることになるのかどうか。対戦する相手が韓国や中国なら、やはり抗議の波風が立つ可能性がないとはいえない。それを煩わしいとして、わざわざ“彼ら”の神経を逆なでする種を蒔くことはない、という考え方もあるだろう。いや、多分日本のファン、というより日本人全員が「?」をつけるに違いない。「そうすることに果たして何の意味があるのか」と。

▽さて、プレミアファンの皆さんは気が付かれていただろうか。毎年11月の上旬、正確には「11日」前後の公式戦の際、主に各クラブの監督連がこぞって、何やら赤いバッジにようなものを胸につけていることを。日本人の感覚からすれば「赤い羽根」の英国版、つまり何等かのチャリティー活動に由来するもの・・・・ではない。11月11日のアーミスティス・デイ(リメンバランス・デイともいう)にちなんだシンボルで、ポピーの花びらを象ったものだ。では「アーミスティス・デイ」とは何か。察しの良い方はもうおわかりかもしれないが、すなわち、第一次(第二次ではない)世界大戦が事実上終結した日―――。特に英国(イングランド、スコットランド、ウェールズ)では、「お国のために戦争で犠牲になった人々を思い出す」日として、いわば、我々日本人が「お盆」としてごく自然に「(先祖の)墓参り」をするように、いや、それ以上の重みを感じながら「忘れない」ことを確かめ合う日、というべきものなのである。政府閣僚の靖国参拝とはまるで意味合いが違う。

▽折しも、来る11月11日、ウェンブリーにてイングランド-スコットランド戦が行われるが、これがFIFA主催の2018W杯予選であることから、両国FAは事前にFIFAに断りを入れた。両軍プレーヤー全員が腕に「ポピーに造花をあしらった黒い喪章」を巻いて戦いに臨む、と。ところが、世界統括機構の返答は「まかりならん」。その理由は、FIFA理事会(Ifab)が法規に定めた通り、「政治的、宗教的、もしくは個人的スローガン、声明、メッセージ、イメージに由来するいかなるものも身に着けてはならない」からであり、このケースでは「政治的」に該当するからである、と。しかし、すでに触れたように、これは英国民の“ソウルイベント”に当たるもので、イングランドとスコットランドの協会側は「政治的な意味合いは毛頭ない」とし、さらに全英国民および該当代表プレーヤー全員がこれを望んでいるとして、強硬に撤回を求め、一歩も引かない構えなのである。英国の新聞もこぞってこの問題を大々的に取り上げ、私事ながら、筆者の旧友(ごく普通の主婦も含む)、FIFAの“わからずやぶり”に困り果てて怒りの声を上げているほどに。

▽おそらくは、「例外」を認めてしまうとキリがない、というFIFAの思惑があるのだろうが、実はすでに彼らは「例外」を認めてしまった前科がある。今年3月、スイス代表を迎えたフレンドリーにおいて、アイルランド代表プレーヤーは「イースター・ライジング」100周年を記念した“政治的シンボル”を身に着けてプレーし、FIFAはこれを黙認しているのだ。「イースター・ラインジング」とは1916年4月下旬、英国軍がアイルランドに侵攻して同反乱軍を制圧、わずか5日間で5百人近くの犠牲者を出した、まさに「政治的」騒乱事件のこと。これが容認されてアーミスティス・デイがいけないとすれば、明らかなダブルスタンダードと言われても仕方がない。それでもFIFAは、もし強行すれば「ポイント剥奪」の罰則も辞さないと“脅し”をかけているといわれるが、イングランドおよびスコットランドの協会側も「たとえ罰則がどうのと言われようが、我々は役員からプレーヤーまでもれなく全員、ウェンブリーでポピーをつける」と、まさに全面対決。

▽公平に見て、このせめぎあいはFIFAに分が悪い。イースター・ライジングの一件もそうだが、例えばイスラム教徒のプレーヤーが「安息日」にプレーを拒否することだって、「宗教的」に違反することになるからだ。この木曜日、ifabは改めて審議の場を設け、そこにはイングランド、スコットランド各協会の代表者(チェアマン)も出席して撤回要求を正式にする手はずになっている。まさかとは思うが、そこでよもや決裂という事態になれば、2006年と2016年の二度にわたって“裏切られた”遺恨を引きずるイングランドが、盟友(スコットランド、ウェールズ)と組んで思い切った行動に出る可能性なきにしもあらず。そんなバカな、と鼻で笑う方がもし居るとしたら、それは英国民にとってのアーミスティス・デイがどれほどの重みをもつかに思い至らないからだろう。とりわけ、一向に国家財政の健全化が立ち行かず、重大な復興問題を抱えているにもかかわらず、莫大な費用がかかるイベントを無理やり推し進めようとしている、どこかの国の権力者たちには。

【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】 1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。