何かとストレスが多く、生きにくいとされる今の世の中。しかし、その一方で「ささやかな幸せ」は案外日常生活の至るところに存在する。何事もなく静かに過ぎ行く時間だって、見方によっては「ささやかな幸せ」になるのだ。(イメージ写真提供:123RF)

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 何かとストレスが多く、生きにくいとされる今の世の中。しかし、その一方で「ささやかな幸せ」は案外日常生活の至るところに存在する。何事もなく静かに過ぎ行く時間だって、見方によっては「ささやかな幸せ」になるのだ。

 中国メディア・浙江老年報は1日、日本で見つけた「小確幸」(しょうかっこう)について紹介する記事を掲載した。「小確幸」とは、作家・村上春樹氏がエッセイ集「ランゲルハンス島の午後」で初めて使った造語で、「小さいけれど、確かに幸せなこと」を指す。

 記事では、日本でのバカンスから帰って来て1カ月余りが経過したという筆者が、「脳裏からずっと離れないのは、グルメや美しい景色ではなく、日本のお年寄りの顔だ」とし、旅行中に知り合った何人かのお年寄りに、この「小確幸」を感じ取ったと紹介している。

 1人目は、大阪の小さな食堂で知り合った60歳前後の女性。女性はU字型カウンターの食堂を1人で切り盛りしているようだ。店に入って席に座ろうとすると女性が目の前にやって来て、申し訳なさそうな顔で「ちょっと座らないで待ってて」といった仕草を見せたという。そこには醤油が少し落ちており、女性は身を屈めてこれを拭き取ると、英語で「どこから来たの」と尋ねた。中国からです、と返事をすると中国語のメニューを持って来てくれたとのことだ。

 やがて運ばれてきた牛丼を食べながら、筆者は女性がやってきた客に声をかけ、机を拭き、食べ物を運び、会計をするという行動を何度も眺めていた。その間、女性の顔にはずっとにこやかな笑みが浮かんだままであり、筆者は「まるで、みんなのために朝ご飯を準備してくるお母さんのようであった」と形容している。

 今のご時世では「おばあちゃん」と呼ぶには少々早い気がする、60歳ほどの「おばちゃん」が浮かべていた笑顔は、食堂の仕事や接客にやりがいを感じてのものだったのか。それとも、よく言われる「営業的な笑み」だったのか。筆者はその笑みや動きから「小確幸」を感じとったというのだから、おそらく前者なのだろう。この店の牛丼は、さぞや美味しかったに違いない。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)