『ビジネスに効く教養としての中国古典』(守屋洋著・プレジデント社)

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■覚めた目で人間の現実をあるがままに見る

『韓非子』は、戦国時代末期の思想家、韓非の著作である。

韓非は若いころ、性悪説を唱えた荀子について学んだという。当然、その影響を受けている。

彼が導き出した結論は、こうである。

──人間を動かしている動機は何か。愛情でもない、思いやりでもない、義理でも人情でもない。ただひとつ利益である。人間は利益によって動く生き物だ。

当然、人間にはそれぞれの立場というものがある。君主には君主の立場、臣下には臣下の立場がある。夫には夫の立場、妻には妻の立場がある。それぞれの立場に応じて、おのずから追求する利益も異なっていく。

それぞれに立場が違い、それぞれに追求する利益が異なる以上、頭から相手を信頼してかかったのでは、とりかえしのつかぬ失敗を招く恐れがある。信頼していた部下に裏切られたといった嘆きの声をよく耳にするではないか。

では、どうするか。『韓非子』のアドバイスはこうである。

「その我(われ)に叛(そむ)かざるを恃(たの)まず、吾(わ)が叛くべからざるを恃むなり。その我を欺(あざむ)かざるを恃まず、我が欺くべからざるを恃むなり」(外儲説(がいちょせつ)左下(さか)篇)

相手が背かないことに期待をかけるのではなく、背こうにも背けないような態勢をつくる。相手がペテンを使わないことに期待をかけるのではなく、使おうにも使えないような態勢をつくる。相手につけ込まれる隙を見せてはならないのだという。

韓非は、けっして人間に絶望しているわけではない。いっさいの固定観念や希望的観測を捨て去って、人間の現実をあるがままに見すえようとしているのだ。その眼は、おそろしいほど覚めているのである。

■何があっても自分を信じ、自力で解決せよ

さて、現実はいつも厳しい。そういうなかを生き抜いていくには何が必要になるのか。『韓非子』のアドバイスに耳を傾けておこう。

「人を恃(たの)むは自(みずか)ら恃むに如(し)かざるなり。人の己(おのれ)の為(ため)にするは己の自ら為にするに如かざるなり」(外儲説(がいちょせつ)右(ゆう)下(か)篇)

他人を頼むよりは、自分を頼むべきである。他人の力を当てにするよりは、自分の力を当てにすべきである。

『韓非子』によれば、人間は利益によって動く生き物であってどう転ぶかわからない、人間はしょせん信用できないのだという。そういう人間観に立つ以上、他人を頼むというのは愚かなことである。何が起こっても、自分を信じ、自分の力で解決していく以外にないということになる。

韓非の思い描く人間像は著しく孤独である。しかし、これがよい方向に活かされるなら、独立自尊の精神につながっていく。自分のしたことは、自分の責任として引き受けるのである。甘えたり甘えられたり、べたべたくっついている人間関係より、はるかにたくましい生き方ではないか。

自分の運命は自分で切り開いていく。韓非はそれを訴えているのである。

※本連載は書籍『ビジネスに効く教養としての中国古典』(守屋洋 著)からの抜粋です。

(守屋洋=文)