祖父、父の誕生日と並び、金正恩委員長の誕生日である1月8日にも盛大な祝賀行事が行われ、また正式に来年から祝日となる可能性が高い。金正恩時代がまた一歩進んだ出来事ということが出来るだろう。写真は金正日花展示会。2015年10月に筆者撮影。

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北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国の朝鮮中央通信は10月11日に「2017年白頭山偉人称賛大会国際準備委員会」が、「来る翌年1月の金正恩閣下の誕生日を盛大に慶祝し、光明星節(2月16日=金正日総書記の誕生日)と太陽節(4月15日=金日成主席の誕生日)に続き、金正淑女史(金日成主席の妻)の誕生日をむかえる12月まで多彩な政治文化活動を活発に行い、2017年の金委員長の誕生日を盛大に祝おう」とするアピールを行ったことを伝えた。

これに伴い祖父、父の誕生日と並び、金正恩委員長の誕生日である1月8日にも盛大な祝賀行事が行われ、また正式に来年から祝日となる可能性が高い。金正恩時代がまた一歩進んだ出来事ということが出来るだろう。

今回は金正恩時代の始まり、金委員長が公式デビューを果たしたころの話を書いてみたい。2010年9月27日金委員長は朝鮮人民軍大将に昇進、翌28日の朝鮮労働党代表者会で党中央委員に選出、党中央委員会総会で党中央軍事員会副委員長に選出されている。その数週間後の2010年10月に私は平壌にいた。

平壌市内に立つ主体思想塔を案内してくれた40代の女性案内員は、誇らしげな表情を浮かべながら、まさに立て板に水ということば通りの口調で、この塔に込められた様々な数字の由来を語ってくれたが、私が「金正恩同志のことが日本でも話題になっていますよ」と朝鮮語で話題をふると、これは予想外の質問だったか強張った表情になりそのまま黙ってしまった。

その晩、男性案内員A氏が手配してくれたデビュー直後の銀河水管弦楽団の公演を鑑賞した。公演開始前に「敬愛する金正日将軍さまと、尊敬する金正恩青年大将同志の配慮で行われる本公演…」というアナウンスが流れた。「青年大将だって!?」と初めて聞く尊称に静かに仰天する私を見て、A氏は「聞きましたね」とにやりと得意げな、いたずらっぽい笑顔を浮かべていた。

青年大将同志という尊称は現在使われていない。だがたぶんA氏は「青年大将同志」という尊称をずっと前から知っていたに違いない。A氏とは年が近いこともあり、滞在中くだらない話ばかりしていた。あれから6年の時間が過ぎた。日々流れて来る北朝鮮関連のニュースを見ていると、主体思想塔の女性案内員が強張った表情で、また得意げでいたずらっぽい笑顔を浮かべたA氏が、不意にひょいと顔を出す。

■筆者プロフィール:北岡裕
76年生まれ。東京在住。過去5回の訪朝経験を持つ。主な著作に「新聞・テレビが伝えなかった北朝鮮」。コラムを多数執筆しており、朝鮮総連の機関紙「朝鮮新報」では異例の日本人の連載で話題を呼ぶ。講演や大学での特別講師、トークライブの経験も。