浦和レッズ川崎フロンターレか。先週土曜日、セカンドステージ優勝を飾ったのは浦和。しかし、今週土曜日に決まる年間王者を争う相手も川崎だ。わずか1週間後に、より重みのあるタイトルを川崎に持って行かれる可能性もあるということで、そのセカンドステージ優勝に重みはなかった。
 
 2ステージ制の弱点が露わになった瞬間と言える。来シーズンから再び1ステージ制に戻ることになったJリーグだが、1ステージ制でもチャンピオンシップはできる。プラスアルファの収益は同等の額、見込めるのだ。なぜチャンピオンシップの開催と、2ステージ制を直結させたのか。僕にはサッパリ理解できない。
 
 それはともかく。
 
 この両者の戦いで、どちらが勝利することが順当かと言えば浦和だ。年間予算を物差しにすれば。浦和の前年の営業収益は約60億円。Jリーグ断トツのナンバーワンだ。対する川崎はその3分の2に当たる約40億円。こちらは全体の7番目だ。
 
 年間予算が高ければ、選手の年俸もそれに比例する。よい選手が集まりやすいのは浦和。絶対に負けられない立場にあるのも浦和だ。川崎が年間チャンピオンに輝けば、まさに番狂わせ。単純に埼玉スタジアムと等々力の観客収容能力を比較すれば一目瞭然になるが、日本のメディアは、その対等ではない大小関係を、全くと言っていいほど報じない。ファンもそのあたりに頓着ない人が、圧倒的多数だろう。対等な関係にある2者が競い合う姿にしか映っていないと思われる。
 
 この日本のスタンダードは、世界のスタンダードでは全くない。どちらが勝てば、番狂わせに値するか。外国のファンは知っている。クラブの大小関係にとても敏感だ。メディアの報じ方に加え、長い歴史が無言のうちに提示していることも輪を掛ける。試合の行方を予想するブックメーカーの存在も見逃せない。優劣、順列は、これに目を通せば一目瞭然。遠く離れた日本人でさえ理解できる。
 
 相手との力関係に鈍感になる傾向は、日本代表を取り巻く世界でも著しい。どちらが勝つことが普通か。番狂わせか。そこが明確になっていれば、勝ち負けに対するファンの反応は違ってくる。喜び方、悲しみ方に、差が生まれる。
 
 勝ってもあまり喜ばない場合もある。負けても、仕方がないと割り切れる場合もある。チャンピオンズリーグのグループステージなどはその典型。欧州中、いや世界中が、その大小関係を共有している。

 W杯やユーロの欧州予選しかり。どの国が勝つことが順当か。サッカーにそれなりに詳しい人なら、当たる、当たらぬはともかく、簡単に予想できる。そうした視点が日本代表戦にはまるで欠けている。少なくとも、メディアは一切提示しない。相手に関係なく、勝てば思いっきり喜び、負ければ肩を落とす。UAEにホームで敗れることが、いかに恥ずかしいことか。タイに2−0で勝つことが、どれほど普通のことか。積極的に語ろうとしない。

 さらに、ロスタイムに挙げた決勝ゴールで辛うじて勝利したイラク戦。相手が戦争当事国であることは、ほとんど触れようとしなかった。2次予選で戦った、アフガニスタン戦、シリア戦しかり。対等な関係ではない相手に勝って、よくもそこまで喜べるものだと、むしろ感心させられるほどだ。

 大局から目を反らし、行き過ぎた結果至上主義に盲目的に陥る姿は、世界のスポーツ、サッカーと決してよい関係にはない。サッカー的な振る舞いとは言えないのだ。

 その結果、日本国内に蔓延しているのが、「よいサッカーをしても敗れれば元も子もない」という考え方だ。相手との力関係が互角以上の場合なら理解できる。勝ってもおかしくない相手に敗れたならば、理屈として成立する。しかし、強者によいサッカーで対抗し、試合には敗れたものの善戦健闘した場合はどうなのか。それでも元も子もないことのか。

 昨季のチャンピオンズリーグ決勝。アトレティコはレアル・マドリーに延長PKで敗れた。マドリーの3分の1以下というその予算規模を考えれば大善戦。その差をサッカーの中身で埋めようと、可能な限り努力したが、運に恵まれず敗れた。よいサッカーをしたのは、どちらかという視点に立てば、多くの人がアトレティコと答えるはず。世界のサッカー界によい影響を与えたのはどちらか。サッカーの進歩に貢献したのはどちらか。その答えもアトレティコだ。彼らは燦然と輝く敗者だった。

 だが、日本に蔓延するスポーツの価値観に従えば、元も子もないことになる。よいサッカーを追求しようとする気質が育たない大きな原因だと思う。レアル・マドリー級の強者に勝てとは言わない。よいサッカーで大善戦してくれれば十分。W杯本大会で、日本が強国に大善戦する姿を示すことができれば、それで十分。むしろ日本につけるよい薬になると考える。

 勝ち方にはよい勝ち方と悪い勝ち方がある。負け方にもよい負け方と悪い負け方がある。その点に注視することが、サッカー的な視点ではないのか。僕はそう強く思うのだ。