中国高速鉄道は、新幹線などの技術が導入されて完成した高速鉄道システムであることは周知のとおりだ。その後、急速な発展を遂げた中国高速鉄道は、今ではアジア各国において新幹線と高速鉄道計画の受注競争を繰り広げるまでの存在になった。中国メディアの観察網は10月31日、「中国が世界に誇る高速鉄道の始まりは、トウ小平の日本訪問だった」と主張する記事を掲載した。(イメージ写真提供:(C)Sakarin Sawasdinaka/123RF.COM)

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 中国高速鉄道は、新幹線などの技術が導入されて完成した高速鉄道システムであることは周知のとおりだ。その後、急速な発展を遂げた中国高速鉄道は、今ではアジア各国において新幹線と高速鉄道計画の受注競争を繰り広げるまでの存在になった。中国メディアの観察網は10月31日、「中国が世界に誇る高速鉄道の始まりは、トウ小平の日本訪問だった」と主張する記事を掲載した。

 記事は1978年10月26日に、トウ小平が日本で経験した出来事を紹介。トウ小平は当日、東京から京都に移動する予定だったが、飛行機で移動するには近すぎ、自動車で移動するには時間がかかりすぎる距離であったと説明。そのため、トウ小平は日本側から薦められた新幹線で京都に行くことを選択したと説明した。

 トウ小平は新幹線に乗車した感想として、「非常に速い」と述べたうえで、「まるで何かに迫られて走っているのかと感じるほど速く、中国は新幹線のような交通手段を必要としている」という見方を示した。

 記事はトウ小平が新幹線に乗車した映像は中国で放送され、新幹線は「子弾頭」とのニックネームで呼ばれるようになったことを紹介。「まるでSF映画に登場するような速度で走る新幹線はこの時、中国人に広く知れ渡るようになった」とし、トウ小平の日本訪問が、中国で高速鉄道の概念が普及するきっかけであり、中国が高速鉄道を発展させた起点もトウ小平の日本訪問だったと論じた。

 トウ小平が日本を訪問した1978年は、中国が市場経済に舵を切った「改革開放」が始まった年だ。新幹線の速さ、そして日本で目の当たりにした数々の先進技術は、トウ小平が改革開放を打ち出すうえでの動機になったとの見方もある。記事の「中国高速鉄道の始まりは、トウ小平の日本訪問だった」との主張は概ね正しいと言えるだろう。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:(C)Sakarin Sawasdinaka/123RF.COM)