ビジネスメールには「顔文字」を必須に

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■コミュニケーションにもっとも必要な情報は

Eメールや電子掲示板を通じて生まれた「顔文字」は、特に最近の若者の間では日常的に使われています。また、LINEの「スタンプ」などはそれ以上に馴染みのあるものになりましたが、そのほとんどは天気や食べ物、建物などではなく、人の喜怒哀楽が分かる表情を表現しているものがほとんどです。

日本の顔文字は、世界的に比較すると非常にバリエーションが豊富なようで、ちょっとした独自文化になりつつあるようです。しかし、日常的に顔文字やスタンプを使うことに対して「マナー違反をまねく」「語彙力の低下につながる」と批判する声も聞こえてきます。

でも僕は、顔文字やスタンプを使ったコミュニケーションには、それ以上の大きな意義があると思っています。ここで重要なのは、顔文字や表情を表すスタンプなどは、「言葉の代わり」に使われているのではなく、デジタルのツールでは失われてしまいがちな、人と人とのコミュニケーションに「もっとも必要な情報を補っている」ということです。つまり、メールで顔文字を使うことは、言葉によるコミュニケーションを“さぼって”いるのではなく、コミュニケーションをより“確かなもの”にさせているのです。

「コミュニケーション」とは本来、お互いの「共通認識」をつくることが目的だと言われています。たとえば、誰かが「りんごみたいな色」と言ったら、それを聞いた人のほとんどは「赤色」を想像し、そこでコミュニケーションが成立します。でも、聞き手が「青りんごの色をりんごの色」と想像していたなら、「赤色」は共有されず、おかしなことになってしまいます。

僕たちはこのようにして、コミュニケーションにおける会話の中の言葉などから得られるいくつかの「情報」を自分の中の過去の経験や知識と照らし合わせ、共通の認識をつくることで、お互いの頭の中のイメージや背景をつなげています。あたりまえですが、それをきちんと行うためには、言葉の意味や意図を正確に伝えなければいけません。しかし、それだけではコミュニケーションが“確かなもの”にはならないのです。

人と人とのコミュニケーションに「もっとも必要な情報」、それは「感情の情報」です。

■抜け落ちる「感情の情報」

やりとりする相手が、その時、どのような感情であるかによって、言葉の意味や目的、求められる対応などはまったく異なってきます。

インターネットが日常化する前までは、仕事における会社などでのコミュニケーションは、対面して直接話すか、もしくは電話するというのがほとんどでした。そして、相手の表情や口調などから、その感情を敏感に感じとっていました。お互いに「私はいま、こんな感情ですよ」などといちいち口にしなくても、なんとなく伝わる。上司からの「指示」にしても、お客さんからの「連絡」にしても、怒られているのか、期待されているのか、それとも頼られているのかをちゃんと感じとり、とるべき対応や返事の内容を柔軟に考えていました。

しかし、Eメールなどで日常的に細かく連絡を交わすようになり、便利になったこともいろいろある一方で、感情の情報を正しく共有することがずいぶんと難しくなってきました。つまり、本来、人と人とがコミュニケーションをとる上でもっとも注意を払っていた部分が、デジタル化したテキストの中からは抜け落ちやすくなっているのです。

この抜け落ちた「感情の情報」を毎回正確にテキスト化することは簡単ではありません。そもそも人間の感情なんていうものは、言葉や文字では表現しづらく、伝わりにくいものです。

メールのテキストでは、送り手が別に怒って書いたわけでない内容も、受け手には、責められたように感じとられることもよくあります。また、テキストから感情の情報が読みとれないとき、それを自分で予測するしかないわけですが、僕たち人間は欠落した部分の情報をネガティブに考えてしまう「下方修正」を起こしがちです。「なんか、怒らせてしまったのかな、自分のあの行動のせいかな……」という具合に。

誤解をなくすためには、とんでもなく丁寧に「前置きとして、これは怒っているわけではなく、責めるつもりもなく、あなたの励ましになればと思い、できるだけ冷静に事実関係を伝えたいのですが……」などと書けばいいのかもしれません。でも、そんなことを毎回やっていたら時間も手間もかかりすぎて疲れてしまいます。そもそも、感情の情報は直感的にやりとりされてこそスムーズに機能するものです。

そんな「抜け落ちた情報」を、顔文字やスタンプはけっこう補ってくれるのです。

■ビジネスメールでこそ感情の共有を

もちろん、どんなテキストにでも顔文字を使えばいいわけじゃないと思います。客観的な事実や情報を正しく記録したり、伝えたり、それを保管するといった書類やデータにおいては、俗に言う「正しい日本語」を使って誰にとっても解釈にブレのない文章を記すべきだと思います。

しかし、友達や家族との日常的なやりとりでメールやメッセンジャーに顔文字やスタンプを多用するというのは、コミュニケーションの性質を考えたら当然のことです。それはもはや、一種の「おもんばかり」だとすらもいえます。

そして僕は、仕事のビジネスメールにおいても、「感情の情報」を正確に伝え合うことが非常に大切なことだと思っています。単なる事実の報告や共有だけなら、テキストだけでもかまいません。しかし、日常的なビジネスメールでのやり取りにおいては、会社のチームメンバーやお客さんに対して、複雑なお願いをしたり、交渉をしたり、時には厳しい指示を出さなければならないようなことがたくさんあるわけです。そんなとき、メッセージの発信者が怒っているのか、ちょっと申し訳なさそうにしているのか、強気でいるのか、それとも弱気なのかといった感情のステータスは、とても重要な情報になります。

感情の情報が正確に共有できていなければ、指示や相談、交渉事はちょっとしたことでトラブルの原因にもつながってしまいます。それくらい、僕たちは複雑な感情の渦の中で人間生活を送っているのです。だからこそ、お互いの感情の状態を正しく共有することは、コミュニケーションを心地よく行うためにも、そしてその目的をちゃんと果たすためにもとても大切なことなのです。

そもそも、ビジネスメールの目的は、日本語を正しく使うことなんかではありません。仕事におけるさまざまなものごとを正しく伝え、共有することです。とにかく生産性が重視される今日の仕事社会だからこそ、デジタルのツールを賢く上手に使えばいいのだと思います。

しかし、仕事で顔文字を使うことはまだ常識的なものにはなっていません。いきなり顔文字を交えてメールを送ったら、ただの「マナー違反」です。だったら、そのマナーを変えればいいのだと思います。そして、それがルール化されていれば誰も不快にはなりません。なぜなら、「感情の共有」は、本来人と人とのコミュニケーションに欠かせないものだからです。

もちろん、顔文字の中には相手が心地よくなるものもあれば、使うだけで不快にさせてしまうようなものもあると思います。それは、普段から僕たちが「言葉を選ぶ」ように、適切に顔文字を選べばいいだけのことです。今自分はどんな気持ちで、どんな表情をしているのだろうか。そして、それをどのように相手に伝えてあげたらいいのだろうか。仕事で一言文章を送るにしても、いつもそんなことを考えながらコミュニケーションをとることができたら人間的で豊かだなぁと思うのですが、いかがでしょうか。

(若新雄純=文)