写真=ロイター/アフロ

写真拡大

孫正義と幹部たちのやりとりの中には、無意識のうちに、さまざまな心理学のテクニックが盛り込まれている。その「言葉力」の中身を、ひとつずつ紐解いてみよう。

■口に出していると理想は現実化する

孫さんの話し方で特徴的なのは、ソフトバンク執行役員 青野史寛氏や同取締役常務 藤原和彦氏に対して使った「ビジョンコミュニケーション」と呼ばれる手法です。これは最近のビジネスシーンで、特にリーダー論の文脈でよく紹介されます。「ビジョンは抱いているだけでは伝わらない。部下や周囲に、口に出して伝えてはじめて意味を持つ」という考え方です。かつて「豆腐を一丁、二丁と数えるように、1兆、2兆の会社にする」と公言したのは、まさにそれでしょう。

元衆議院議員の嶋 聡氏を登用した理由も、そこにありそうです。政治家は国家の未来というビジョンを語る仕事ですから、「ビジョンコミュニケーション」の能力は長けている。つまり、腹心である嶋氏が孫さんと一緒にビジョンを語れば、孫さん一人よりも伝わりやすい。嶋氏の登用には、人脈を活かした対外的なロビー活動だけでなく、ビジョンコミュニケーションを促進する目的があったのかもしれません。

その嶋氏は「10年以内にNTTドコモを抜く」という孫さんの言葉に心を動かされたそうですが、これは「フレーミング(枠組み)」をうまく使った方法です。政策提言に置き換えると、「いまの政府は××がダメだ」と異議を唱えるばかりの政治家より、「政府の対応が遅れている××を実現します」と訴える政治家のほうが支持を集めやすい。前者はネガティブ・フレーミング、後者はポジティブ・フレーミングと呼ばれます。「大ボラ経営」といわれるほど、新規事業を次々に「やりましょう」と宣言する孫さんは、フレーミングの名手ですね。

ポジティブなことを口に出すのは大切なことです。「内言語法」は、こうした自己暗示のひとつです。

また孫さんが、「過去ではなく未来を重視して会社の完成形を磨け」とソフトバンク取締役常務 藤原和彦氏に伝えたやり方は、「目標設定理論」に引きつけて説明することができます。

実験によれば、被験者に「思い切り高く跳んでください」と指示した場合、何もない状態よりも、バーを置いた状態のほうが、高く跳べるのです。このとき跳躍力はバーの高さが高いほど伸びます。つまり、少し無理な目標を設定したほうがよい結果が出せるのです。

孫さんはこうした心理学の手法を無意識に活用しているようです。ソフトバンクテレコム取締役専務 今井康之氏が遭遇した「会議中にトイレに行く」のは「機能的固着」を打破するよい方法でした。これは「環境コントロール法」と呼ばれるものです。こうした気分転換は、実験によると2分程度で十分に効果がある。あまりに長時間の休憩は逆効果と言えます。

さらに孫さんは「見る夢の6割は事業のことだ」とも話しています。これは心理学における「水路付け」といえます。一度水路ができると次第にほりが深くなるように、一つのことを反復すると行動や習慣が固定化されます。仕事という一点に水を流すために、他をせき止めているのでしょう。

■ノーネクタイで腕まくりをする効果

行動心理学的な考え方として興味深いのは、シンガタ クリエイティブ・ディレクター 佐々木 宏氏への言葉です。「広告業界の常識としてありえない」と言った佐々木さんに対して、「発想が古いな」と一蹴する。人間には都合の悪い情報を無視しようとする「選択的接触」という心理傾向があります。ビジネスの場でも、経験の豊富な人ほど大胆な決断ができません。孫さんは広告業界について無知だったこともあり、「選択的接触」にとらわれず、革新的な一手が打てました。

孫さんは部下に対して厳しい言葉をぶつけることが多いようにも見えますが、気遣いも忘れません。栄誉が第三者にも公表されることで、褒められた人の嬉しさは倍増します。日本人は評価をこっそり伝えることが美徳と考えがちですが、その一方で皆から認められたいという気持ちは誰しも持っているものです。

効果的に話を聞いてもらうには、言葉の選択だけでなく、雰囲気づくりも重要です。その意味でも孫さんは得しています。顔立ちは、丸顔で福々しいので、厳しい言葉でも柔らかい印象になります。反対に、角張っていたりエラが張っていたりする顔の人は、言葉の内容以上に萎縮させてしまう。

カリスマをもつトップが相手を萎縮させてしまうと、相手は何も言えなくなる。たとえば孫さんにはノーネクタイの印象がありますが、これは親しみを感じさせるうえで効果的です。心理学的には、肌の露出が増えれば増えるほど、相手に心を開いているというアピールになる。部下をリラックスさせたいときには、上着を脱いだり、腕まくりをしたりするのがおすすめです。

孫さんは心理学の手法も身につけた卓越したリーダーですが、同じように振る舞ったからといって、誰もが同様の成果を出せるとは限りません。人間の能力には先天的な素質による違いがあるからです。

■自分の得意な仕事は遺伝で決まっている

ミネソタ大学のアウケ・テレゲン博士の研究では、別々の家庭で成長した一卵性双生児(遺伝レベルでは同一)の2人に対して、性格テストをしたところ、14の性格特徴のうち12がほぼ同じでした。異なる環境で生育しても、多くの性格的な特徴は遺伝で決まってしまうわけです。

そのうえでビジネスでは、自分のタイプが、リーダーとマネジャーのどちらなのかを見極める必要があります。コンサルタントのマーカス・バッキンガムは、それぞれに必要な素質はまったく異なると指摘しています。優れたリーダーは、「よりよい未来に向けて人々を一致団結させる」。一方、優れたマネジャーは、「部下一人ひとりの特色を発見し、それを有効に活用する」。孫さんは、とりわけ未来を描く能力が卓越しています。

ひとつに集中するリーダーと、複数を気遣うマネジャー。どちらのほうが楽しいか、苦痛に感じないか。それによって、あなたのタイプがわかります。どんなテクニックを活用しても、楽しく働けなければ成果は出ません。自分の適性と無理なく付き合っていくことをおすすめします。

▼2つのタイプは「先天的」に異なる

●リーダー
―未来志向
―楽観主義と強い自我
―ひとつに集中
―「現実を変えていきたい」
―よりよい未来を自ら描く

●マネジャー
―現実志向
―教育本能と社交性
―複数を気遣う
―「人を手助けしたい」
―部下一人ひとりの成功

※マーカス・バッキンガム『最高のリーダー、マネジャーがいつも考えているたったひとつのこと』よりプレジデント編集部で抜粋。

▼「孫流トーク」8つのキーワード
[1]承認欲求――「誰かから認められたい」という感情
[2]機能的固着――経験から決まった問題解決の手法にとらわれる
[3]内言語法――自分に語りかけることで記憶や行動が定着する
[4]フレーミング――問題や質問などの枠付けで意思決定が変わる
[5]水路付け――反復によって習慣や価値観が固定化される
[6]選択的接触――都合の悪い情報を無視しようとする心理傾向
[7]目標設定理論――明確で具体的な目標があるほど成果が向上する
[8]ビジョンコミュニケーション――将来像や方向性を具体的に言葉で伝えること

----------

心理学者 内藤誼人
慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程修了。立正大学心理学部特任講師、有限会社アンギルド代表。『人たらしのブラック心理術』『手にとるように社会心理学がわかる本』『使えるマキャベリ』など著書多数。

----------

(稲田豊史=構成 澁谷高晴=撮影 ロイター/アフロ=写真)