PK戦5人目、FW小川航基が右足シュートを決めて日本の初優勝が決定

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[10.30 AFC U-19選手権決勝 日本 0-0(PK5-3)サウジアラビア]

 5番手のキッカーとしてPKスポットに向かうエースストライカーの姿を観て、一抹の不安を覚えたのは、どうやら筆者だけではなかったらしい。FW小川航基(磐田)はその場面を、「みんな『お前はきっと外すと思っていた』とか言うんですよ」と苦笑いしながら振り返る。何しろ、公式戦でPK戦のキッカーを務めるのは“あの時”以来なのだから、無理もない。

 10月30日に行われたAFC U-19選手権決勝戦。日本とサウジアラビアの東西対決は120分の死闘を経て0-0のまま決着せず、タイトルの行方はPK戦に委ねられていた。日本のキッカーは信頼のPK職人・坂井大将(大分)を先頭に4人目まで全員が成功。逆にサウジアラビアは4番手のキッカーが枠を外し、5番手の小川が蹴れば成功という場面だった。小川はスポットに向いながら、「あのときのことがよぎりましたよ、やっぱり」と言う。

 蘇った記憶は、今年1月の第94回全国高校サッカー選手権大会3回戦(対青森山田高)のこと。桐光学園高のキッカーとしてPK戦に臨んだ小川のシュートは無情にもゴールネットを揺らせず、その高校サッカー生活に終止符を打つこととなってしまった。当時任されていたのも、5番手のキッカー。しかもそのとき以来のPK戦のキッカーなのだから、思い出すなというほうが無理だろう。

「(監督の内山)篤さんも俺が選手権で外したことは当然知っていますし、それでも俺に(5番手のキッカーを)任せてくれた」(小川)

 緊張しなかったと言えばウソになるが、この悪夢の記憶は、どこかで乗り越えなければいけないモノだったのも間違いない。指揮官があえて5番手に自分を据えてくれたことの意味はよく分かっていた。ただ、不思議と力みはなかったとも言う。「みんなが笑顔で送り出してくれたので」リラックスしたいつもどおりのフォームから繰り出されたシュートは、見事にネットを揺らし、日本の初優勝が決まることとなった。

「しっかり決められて良かった」と振り返りつつも、小川がこの試合での自身の出来自体への満足は皆無。むしろ「もっとボールを収める能力、仕掛ける能力を磨かないと。このままだったら(世界大会に行っても)潰されて終わってしまう」と危機感を隠さなかった。高校サッカー時代の苦い思い出を乗り越えたエースは、来年の世界舞台に向けてさらなる進化を誓っていた。

(取材・文 川端暁彦)