インタビューに応じる杉野希妃

写真拡大

 小泉八雲の「雪女」をもとに、「マンガ肉と僕」や「欲動」で注目される杉野希妃が新たな解釈で映画化した、寓意に満ちたファンタジー。いつとは特定できない時代を背景に、猟師の巳之吉と雪女の不思議な縁が美しい映像のなかに綴られていく。監督自身が雪女を演じ、青木崇高、山口まゆ、佐野史郎が脇を固めている。モノクロームとカラーを巧みに使い分けた撮影の上野彰吾、美術の田中真紗美が“妖しの世界”を見事に表現している。

――「雪女」には深い思い出があるとのことですが、どういうところから話を膨らませていきましたか?

 杉野希妃監督(以下、杉野監督):3年前にニューヨーク在住のプロデューサーと小泉八雲の話をしたことがきっかけで、小泉八雲の「雪女」を改めて読み直しました。小泉八雲の世界には私たちが忘れている感覚、目には見えないが確かにあるものが凝縮されている気がしました。それをベースに膨らませていけば、私らしい新しい「雪女」、現代を反映した面白い作品ができると考えました。

――私たちが忘れている感覚とは具体的にはどういう感覚でしょうか?

 杉野監督:人間には曖昧なままでいることに対する恐怖心がどこかあります。目に見えないものをあえて見ようとするし、ジャンルがないものをあえてジャンル分けしたり、名前のついていないものに名前をつけたりもする。そういう作業をすることで、私たちは恐怖心から逃れてきたと思います。私は、むしろ人間そのものが実態のつかめない曖昧なものではないかと考えています。マジョリティとマイノリティ、国籍などで人間を分けることはできません。人間の曖昧さに可能性を見出したい、もう一度見直したいという思いでこの作品を作りました。

――原案は監督自身ですが、脚本はどのように進めたのですか?

 杉野監督:脚本は私と、重田光雄さんと、富森星元さんの3人で書きました。私は長編作品の脚本に参加するのは初めてでしたが、最終的に私が決定権をもって判断しました。

――曖昧なものが許容されている「雪女」の世界と、近代的な理屈の世界観をあわせるアイデアは監督が発想されたのですね。

 杉野監督:作品に登場する会社は、照明を作っている設定です。闇から生まれた存在の雪女の対比として灯りを、目に見えないものを見ようとする象徴としてとらえました。

――現代的なものとクラシカルなものを、あえてひとつの画面に登場させるファンタジーという考えですね。

 杉野監督:昭和初期か、大正の頃の服装や美術を取り入れていますが、裏設定として、現代のパラレルワールドという発想でした。ある段階で世界が断絶し、ひとつは産業文明が発達した現代、もうひとつは時の進まなかった世界。私は寓話が好きなので、リアリティよりも私の世界観を重視した結果ですね。

――映像が素晴らしいですね。

 杉野監督:すべてのシーンにこだわっていますが、とりわけ冒頭の白黒映像の部分は失敗したら終わりだと思っていました。美術の田中真紗美さんが素敵なセットを作って、いい世界観を構築してくれたので、私としては納得して撮影できました。

――演じながら演出する難しさは感じられましたか?

 杉野監督:今までの作品では、プロデュ―スや監督をしていても、杉野希妃という自分から派生してひとつの方向に向かうという感覚でしたが、「雪女」に関しては感覚を変えました。基本的には監督でいて、杉野希妃という女優を俯瞰で見て、ダメ出しをすることを心掛けました。そうしたアプローチの方がやりやすいし、距離感を持たないと成立しない作品だと考えたからです。

――女優以外にプロデューサーも監督も引き受けるのは、より深く映画制作に関わっていたいとの思いからですか?

 杉野監督:単純に映画が好きなのです。映画の力を信じているし、映画そのものが好きです。私にとって女優をしながら他のことをするのは、ごく自然な感覚です。監督としては、俳優との話し合いや、ディスカッションを大切にしています。俳優は時に監督が見えないものが見えています。「私はこう思うけれど、どう思います?」と話しながら、演出をするのが私のやり方です。特に島根出身の佐野史郎さんは、小泉八雲作品の朗読をライフワークになさっているのでアドバイスが身に沁みました。

――完成した作品をみて、どのような感慨を持たれましたか?

 杉野監督:私は演技をするにしても、監督をするにしても、新しい世界を見たい、新しい自分を発掘したいという気持ちが原動力にあります。想像を裏切り、想像を超えた新しいものを見る瞬間、私は一番、生きている幸せを感じます。この作品はそうした私のいいところも悪いところも詰まっています。

(取材/構成 稲田隆紀 日本映画ペンクラブ)