飛行機が片翼を失うような重大事故に遭遇した場合、無事に着陸し生還するのは相当の幸運でしょう。しかし、これを運任せにしないための技術が開発中です。そのカギは人工知能にありました。

飛行中に片翼喪失、普通は死を覚悟する場面だが…

 将来、飛行機が空中で主翼を喪失するような重大事故が発生しても、安全に着陸することが可能になるかもしれません。

 東京ビッグサイト(東京都江東区)で2016年10月12日(水)から4日間にわたって開催された「2016年国際航空宇宙展」において、そんな驚くべき技術が富士重工によって公開されました。


湾岸戦争に従軍中のアメリカ空軍F-15D「イーグル」(写真出典:アメリカ空軍)。

 飛行機は、主翼が生み出す「揚力」によって空中に飛翔します。その主翼が失われた場合、多くは墜落する運命にあります。なかには例外もあり、1937(昭和12)年には帝国海軍の九六式艦上戦闘機が、左主翼のほぼ半分を失った状態で着陸。また1983(昭和58)年にはイスラエル空軍の戦闘機F-15「イーグル」が、右主翼を“根本からほぼ全て”失いながらも着陸に成功しています。

 しかしながらこうした事例は、パイロットの高い技量はもちろんのことですが、たまたま幸運が重なった、通常ありえない結果だといいます。事実、イスラエル空軍のF-15パイロットは、着陸後に自分の機体の右主翼が完全に無くなっていることに気が付き、「知っていたら(着陸しようなどとは思わず)即座に脱出した」と後日、回想しています。

 致命的ともいえる主翼喪失などの重大な事態において、技量や幸運に頼らず着陸を可能とするにはどうしたら良いのか――「耐故障飛行制御システム」と命名されたこの研究は、経済産業省および日本航空宇宙工業会が主導し、そして東京大学、JAXA(宇宙航空研究開発機構)、富士重工の3者によって2008(平成20)年から2011(平成23)年にかけて実施されました。

一般的な技量のパイロットでも どうやって?

「耐故障飛行制御システム」のカギは「人工知能」にあります。

 同システムは、飛行機のコンピューターに人間の脳の働きを模した、「ニューラルネットワーク」と呼ばれる人工知能ソフトウェアを搭載。この人工知能は主翼の破損など、重大な故障が生じた場合の空力的な変化を「学習」することができます。

 そしてこの人工知能は、飛行機を操縦するための舵である「補助翼(左右の傾きを制御)」「方向舵(左右水平方向を制御)」「昇降舵(機首の上下を制御)」を動かすことが可能です。飛行機が飛行中に安定性を失った場合、人工知能がこれを補うようにそれぞれの舵を動かし、自動的に元の安定した状態へと復帰させます。

 また、人間のパイロットが操縦桿などを通じ、不安定な状態にある機を操縦しようとした場合にも、パイロットの意思どおりに機体が動くよう人工知能が微妙なアシストを加え、通常時と変わらない容易な操縦を実現します。これにより、一般的な技量のパイロットが前述した片翼を失うような事故に遭遇しても、無事に着陸できるようにするのです。

ライバルはNASA? その先を行く日本の実験

 こうした人工知能による操縦アシストの研究は、海外においても行われています。特にNASA(アメリカ航空宇宙局)は、戦闘機など破損する頻度が高い軍用機をベースにした研究で一歩先んじており、F-15の実機を用いた試験も実施しています。

 とはいえもちろん、F-15を実際に空中で破壊しては危険です。よって、通常の戦闘機型F-15を改造した試験飛行用のNF-15Bで、故障をシミュレーションしました。


NASAの「知的飛行制御研究(IFCS)」に用いられた、試験型NF-15B。通常のF-15に「先尾翼(カナード)」「推力偏向エンジンノズル」というふたつの舵が追加されている(写真出典:NASA)。

 一方、日本で実施した「耐故障飛行制御システム」の研究では、この分野における安全性向上の研究としてはほかに例がない、実証試験用無人機を空中で破損させるという、世界最先端レベルの試験に成功しました。なお、こちらはNASAと異なり、戦闘機よりも操縦能力が劣る小型民間機をベースにしています。実用化は2020年頃を見込みます。

 今後も右肩上がりに増大すると予測される航空需要に対し、墜落事故の発生確率は下げ止まりの状態にあります。このまま航空輸送量が増大すれば、墜落事故は確実に増加することが懸念されています。

 そうしたなか「耐故障飛行制御システム」は、「落ちない航空機」を実現するために、重要な操縦支援システムになりうる可能性を秘めています。

【写真】片翼生還の九六艦戦(同型機)


三菱重工 九六式艦上戦闘機。1935年に初飛行、翌年より約1100機が生産された。設計者はのちに零式艦上戦闘機を世に送り出す堀越二郎氏(写真:撮影者不明 [Public domain]、via Wikimedia Commons、https://goo.gl/qwJ0tO)。