デビュー10年間のテイラー・スウィフト 「脱カントリー」成功の歴史

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テイラー・スウィフトは10月24日にデビュー10周年を迎えた。1989年生まれの彼女は音楽業界を実に”スウィフト(迅速)”に乗っ取り、スターの座にのぼりつめた。

2006年、デビューアルバムの「テイラー・スウィフト」を発表したスウィフトは、すぐさまその名前と音楽を世界に知らしめた。同アルバムはビルボード200で5位にランクイン、収録曲の中から5曲が40位以内に入っている。

特に「ティム・マックグロウ」によって彼女はカントリー・ミュージック界のアイドル的存在となった。出身地はカントリーの本場ナッシュビルであり、歌声がジャンルにマッチしているということもあったが、スウィフトには独自の持ち味があった。

アルバム収録曲の多くがポップス系ラジオでも流れるという、カントリー界としては珍しい現象も起きた。「ティアドロップス・オン・マイ・ギター」と「アワ・ソング」はいずれも甘いナンバーで、当時のラジオ局で重宝されたのだ。

「1989」は売上240億円

スウィフトはカントリーで地盤を作り上げて有名になったものの、世界的スーパースターとなり音楽業界で最も稼ぐ歌手となった理由はポップスへの傾倒だ。

デビュー2年目も人気が落ちることはなく、楽曲はチャート上位にランクインした。2008年の2枚目のアルバム「フィアレス」収録の「ラヴ・ストーリー」と「ユー・ビロング・ウィズ・ミー」はポップス系ラジオを念頭に置いて書かれた楽曲だが、カントリーの要素も全くないわけではない。同アルバムは初登場1位を記録し、数百万枚を売り上げた。グラミー賞ではブラック・アイド・ピーズやビヨンセを抑えて最優秀アルバム賞を受賞し世界を驚かせた。

その後数年間は音楽的にはカントリーとポップスでどちらつかずの時期だったが、楽曲は相変わらずチャート上位にランクインしていた。ビジネスパーソンとしても優秀なスウィフトは、生粋のカントリー・ミュージックから100%ポップ・ミュージックへの移行に時間をかけた。

「フィアレス」、「スピーク・ナウ」、そして特に「レッド」ではジャンルを超えた音楽を提供し、ヒットを飛ばしつつもこれまでとは違ったスウィフトをファンに受け入れてもらえるよう徐々に準備を進めていた。

「脱カントリー」で躍進

スウィフトは2014年中盤、初めての完全なポップスアルバム「1989」から最初にシングルカットした「シェイク・イット・オフ」のMVの発表を皮切りに、大々的なキャリア転向キャンペーンを展開した。同アルバムは明らかにカントリーからポップスへ移行したものであり、カントリーの要素はみじんも感じられない

「1989」は大ヒットし、収録曲やそのMVも大人気となった。そして史上最大級のポップスツアーを成し遂げたことにより、スウィフトはさらなる高みに達した。同アルバムはグラミー賞の最優秀アルバム賞を受賞し、彼女の懐に入った金額もそれまでで最大だった。フォーブスの試算によると2014年〜2015年のスウィフトの稼ぎは8,000万ドル(約84億円)であり、次の1年はその2倍以上を稼ぎ出している。

アルバム「1989」は驚愕の2億5,000万ドル(約261億円)を売り上げている。同アルバムは「シェイク・イット・オフ」や「ブランク・スペース」、「バッド・ブラッド」など今後何十年にもわたって聴かれるであろう楽曲が収録されており、6曲がシングルカットされている。それはスウィフトにとって大きな収入を意味すると同時に、2006年から始まったスウィフトのキャリアの集大成となった。