『手紙は憶えている』 (C)2014, Remember Productions Inc.

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『手紙は憶えている』

今年6月、94歳になるアウシュヴィッツ強制収容所の元看守の男性が、ユダヤ人ら約17万人の虐殺に関与したとして殺人ほう助罪で禁固5年の実刑判決を言い渡された。第二次世界大戦から71年経った今も終わらないものがある。そう思い知らされたところにやってきたのが『手紙は憶えている』だ。

“死の工場”で日ごと繰り返された狂気の現実をあぶり出す

主人公は高齢者ケア施設で暮らす90歳のゼヴ・グッドマン。ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を生き延びて渡米した彼は今や初期の認知症で、一週間前に妻のルースが亡くなったことさえ記憶できない。そんな彼に同じ施設で暮らすマックスが一通の手紙を渡す。「憶えているか?  ルース亡きあと君が誓ったことを」と言う彼がしたためた手紙には、彼らがアウシュビッツ収容所の生き残りであり、当時大切な家族をナチスの兵士に殺されたこと、その犯人が身分を偽ってアメリカへ移住していることが書かれていた。その兵士は、死んだ捕虜の身分を盗み、ルディ・コランダーと名乗っている。この条件に当てはまる人物が4人いる。その中から真犯人を見つけ出し、復讐してほしい。

車椅子生活のマックスは、記憶力も体力もおぼつかないゼヴに全てを託し、復讐を果たす旅の手はずを整えた。つらい記憶をよみがえらせたゼヴは、腕に囚人番号の入れ墨が刻まれた手首に「手紙を読め」とボールペンで書き、たった1人でルディ・コランダーを探す旅に出る。

白髪の老紳士ゼヴに扮するのはクリストファー・プラマー。『サウンド・オブ・ミュージック』(65年)のトラップ大佐を演じ、2012年には『人生はビギナーズ』でアカデミー賞助演男優賞を受賞した今年87歳の名優は、眠りから覚めるたびに妻を探す心細さと戦いながら、記憶障害によって失いつつあるアイデンティティ代わりと言ってもいい友人の手紙を頼りに進み続ける老人を演じている。昔習ったピアノの名曲を弾き、実直な人柄で、通りすがりの人々の善意に素直に感謝し、ナチスという言葉さえ聞いたことのない年端もいかない少年少女と茶目っ気たっぷりに会話する一方で、アメリカ各地や国境を越えたカナダに赴いて“ルディ・コランダー”たちと対面する。ゼヴとマックスが探しているのとは別人の“コランダー”たちとの対峙からも、ナチス・ドイツの蛮行がどんなものであったのか、その影響力も含めて強烈に伝わってくる。

ゼヴを導く友人マックスを演じるのは『エド・ウッド』で怪優ベラ・ルゴシを演じてアカデミー賞助演男優賞に輝いたマーティン・ランドー。他にTVドラマ『ブレイキング・バッド』のディーン・ノリス、ブルーノ・ガンツにユルゲン・プロホノフといったドイツの名優たちも出演する。

1979年生まれの無名の脚本家、ベンジャミン・オーガストのオリジナル脚本は過去の回想場面は一切なし、徹底して“今ここで起きていること”を描く。監督は、『スウィート ヒアアフター』や自身のルーツであるアルメニア人の虐殺をテーマにした『アララトの聖母』(プラマーも出演)、『白い沈黙』のアトム・エゴヤン。

危なっかしい足取りで旅を続けるゼヴを待ち受けているのは驚愕の結末だ。復讐は果たせるのか。果たせたとしてゼヴとマックスに心の平安は訪れるのか。それはぜひ劇場で確かめてほしい。1つ確かなのは、たとえ忘れてしまっても過去は消えてはいないということだ。(文:冨永由紀/映画ライター)

『手紙は憶えている』は10月28日より公開。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。