■花田勝彦監督インタビュー・前編

 昨年度まで上武大学駅伝部の監督を務めていた花田勝彦氏を迎え、「世界でNo.1を目指す」を旗印に発足したGMOアスリーツ。所属選手6名で今年4月にスタートを切ったこのチームにとって、初のロードシーズンが始まろうとしている。

 世界との差が開いて久しい日本の男子マラソン・長距離界において、GMOアスリーツはどんな存在になろうとしているのか。チーム立ち上げの趣旨、目指す未来の姿について花田監督に話を聞いた。

「大学での指導にやりがいを感じていましたが、同時に『世界と戦う選手を育てたい』という夢もずっと持っていました。与えられた環境の中で自分の夢を実現しようと模索しながら、様々な取り組みをしてきましたが、どうしても大学の枠組みの中でやれることには限界があります。

 そこに悩みを感じていた時に、GMOのチーム立ち上げのお話をいただいたんです。迷いに迷った末、夢を追い求めようと決断し、お引き受けすることにしました」

 花田監督が現役を引退したのは2004年。その年に行なわれたアテネ五輪男子マラソンでは2人の日本人選手が5位、6位の入賞を果たしたが、その後、五輪での入賞は2012年ロンドン大会に出場した中本健太郎(安川電機)の6位のみ。日本記録も2002年を最後に更新されていない。現役引退後、すぐに大学での指導を開始した花田監督だが、日本男子マラソン界の足踏み状態は常に気にかかっていたという。

 夢の実現のためにGMOアスリーツの監督に就任したものの、創設からの数ヶ月は手探りの状態だった。当初、選手は青山学院大出身者3名に、花田監督が上武大で指導していた3名を加えた計6名。世界選手権や五輪など、メジャーな国際大会を経験した選手はおらず、「世界でNo.1を目指す」という目標を現実のものとして捉えることが難しかった。

 それが変わったのは、拠点となるクラブハウスも整備され、体制が整いだした8月。チームを創設したGMOインターネットの熊谷正寿代表取締役から、「目指すのは漠然とした『世界』ではなく、その頂点。No.1を目指している者しか、No.1になれない」という言葉を直接送られたことで、スタッフ、選手全員の意識に変化が見られた。

「高い目標を掲げられ、戸惑った選手もいました。しかし、『頂点を目指す』という目標が明確になり、そこから逆算して何をしていくべきなのかという筋道を、全員が考えるようになったのはここからだと思います。世界の舞台で戦うことはもちろん、そこに立つことも今の段階では容易ではありません。私は現場の責任者として頂点を見据えながらも、まずは選手の自己記録を伸ばしながら、段階を踏んでステップアップしていくことを目指します」

 現在の日本記録は2002年に高岡寿成氏(現カネボウ監督)が樹立した2時間6分16秒。先に挙げたように、2004年アテネ五輪ではメダルにこそ手が届かなかったものの2人の入賞者を出した。この当時、日本の男子マラソンが盛り上がりを見せたのは「マラソン中心の取り組みをする選手が多かったため」だと花田監督は話す。駅伝やトラックを走りながらも、軸足は常にマラソンに置く選手が多かったからこそ、国内のレースが高いレベルで争われ、記録向上や勝負強さにつながっていたという。

「私たちはマラソンに特化したチームではありませんが、それでもマラソンで世界を目指す選手がほとんど。そこでの結果を求め、個人の強化を進めていきます。選手の個性はそれぞれ違いますので、試合もトレーニングもすべて個人単位で考えています」

 チーム名である「GMOアスリーツ」には、「世界のNo.1を目指すアスリートが集まる集団」という意味が込められている。将来的に駅伝へ参戦する可能性も花田監督は否定しないが、それでも個人の戦いが優先されることに変わりはない。

 この冬、GMOからは5名の選手がマラソンを走る予定だ。先陣を切るのは、上武大出身選手のひとり、山岸宏貴(25歳)。10月30日の大阪マラソンを経て、12月4日の福岡国際マラソンで来年のロンドン世界選手権代表の座を狙う。まずは、その走りに注目だ。

加藤康博●文 text by Kato Yasuhiro