三菱重工業・宮永俊一社長(ロイター/アフロ)

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 造船王国ニッポンの本丸が落城した。三菱重工業は10月18日、大型客船の建造から撤退すると正式に発表した。総トン数が10万トン超の大型客船を建造できるのは、日本では三菱重工に限られている。同社の撤退によって国内では大型客船を建造する会社が消える。

 今後は、新型船の設計・開発を中心に据え、国内首位の今治造船(愛媛県)、同3位の大島造船所(長崎県)、同4位の名村造船所(大阪市)との連携を強化する。コンテナ船などは三菱重工が受注し、設計した船を今治造船などが建造する。

 LNG(液化天然ガス)船やLPG(液化石油ガス)船は、今治などで建造実績が少ないため、引き続き三菱重工長崎造船所で建造する。設計部門は分社化し、今治や大島が出資する。3社との提携の具体策は、17年3月期中に決める。

●大型客船の受注で2375億円の損失

 かつて日本の造船業は、質・量の両面で世界をリードしてきた。しかし、すでに量では韓国、中国に抜かれて久しい。

 日本の造船会社は、地場の専業と大手重工系に分類できる。前者は今治造船、常石造船(広島県)、大島造船所などで、構造がシンプルなバラ積み船(鉱物資源や穀物の運搬船)やタンカーを建造する。重工系は総合力を生かし、海洋油田開発用の掘削船など特殊な船舶や防衛省向け艦艇を手がけてきた。

 質の最後の砦が三菱重工の大型客船だった。三菱重工を除くと大型のクルーズ船を建造できるのは、ドイツなど欧州の造船所に限られているからだ。

 三菱重工は、受注が落ち込んだリーマン・ショック後の2010年に、大型客船を商船事業の柱に据えた。日本の造船業の盟主として付加価値が高い大型クルーズ船を建造し、収益の柱とするはずだった。

 だが、米クルーズ船大手から豪華客船2隻を受注したものの、納期が遅れて計2375億円の巨額損失を計上した。社内に事業評価委員会を設け、損失の原因や事業存続の可能性について検討してきた。そして三菱重工の宮永俊一社長は、10月18日の記者会見で事業失敗の原因をこう分析した。

「(2隻の客船を手がけた)長崎造船所は大変プライドが高く、閉鎖性があったのではないか。自分たちでなんでもできるという意識、自前主義の根がここまで深かったのかと実感した」

 最近の大型客船は全客室に無線インターネット設備が整備され、豪華な劇場やプールがある。海に浮かぶ高級ホテルを建てるようなものなのだ。内装など発注側の要求水準に、結局、三菱重工は応えきれなかったことになる。

 2隻の受注は、前回の大型客船建造から10年が経過していた。設備などトレンドは一変していた。それにもかかわらず、「過去の受注実績に基づく楽観的で拙速な判断をした」。事業評価委員会の委員長を務めた木村和明・常務執行委員は、こう指摘した。

 長崎造船所は本社の社長を何人も輩出した本流。名門意識が改革を阻んできたと結論付けた。

●祖業、長崎造船所を事実上、解体

 造船事業は三菱重工の祖業である。三菱財閥の創業者である岩崎弥太郎が政府から長崎造船局を借り受け、1884年に事業を始めた。戦時中は長崎造船所で旧日本海軍の戦艦武蔵を建造した。

 祖業の長崎造船所は聖域と見なされてきたが、宮永改革は長崎造船所にメスを入れる。長崎造船所の事実上の解体である。

 長崎造船所が中心に据えてきた欧米向け大型客船の受注は行わない。5万トン程度までの中小型客船事業は継続するが、エンターテインメント設備が充実しているクルーズフェリーはカーフェリーをつくっている下関造船所で建造することになる。

 長崎造船所は防衛省向けの護衛艦やLNG・LPG運搬船、また船体ブロックの製造が主な仕事だ。将来的には、提携する今治造船、大島造船所、名村造船所にLNG・LPG運搬船の建造を委託することもあり得る。そうなれば、造船所本体と下請けの従業員は激減する。

 長崎造船所と下請け企業群は、長崎県民の最大の雇用の場だった。三菱の企業城下町として栄えてきた長崎は最大の危機を迎える。

●海運不況で日本郵船が巨額損失

 三菱重工が造船事業の縮小に踏み切ったのは、受注が低迷し単独で生き残るのが困難になってきたためだ。中国の景気減速で海運市況が大幅に悪化し、新造船の需要が急減した。

 海運不況をもたらしたものは、世界的な船舶の供給過剰だ。2000年代半ばの“海運バブル”と呼ばれた時期に各国の海運会社や投資ファンドが、大量のばら積み船などを発注したため、需給のバランスが大きく崩れた。

 ばら積み船の運賃水準を示すバルチック海運指数はリーマン・ショック前の最高値の10分1以下に落ち込んだ。そのあおりを受けて韓国海運最大手の韓進海運は8月末に経営破綻した。

 国内海運業の最大手で、三菱グループの発祥企業である日本郵船は10月7日、16年4〜9月期に1950億円の特別損失を計上すると発表した。損失の内訳は、日用雑貨などを運ぶコンテナ船部門が約1000億円、鉄鉱石や石炭などを運ぶばら積み船部門が約850億円、貨物航空機部門が約100億円である。

 17年3月期の業績については、これまで150億円の連結最終赤字を見込んでいたが、赤字は2000億円を超えそうだ。経常損益段階で200〜300億円の赤字になる(前期は600億円の黒字)。5期ぶりの赤字だ。

 日本郵船だけでなく、海運会社の業績は軒並み悪化した。そのため、日本の造船会社の合計受注量は、今年に入り前年比8割減まで急減し、底入れの兆しはない。

●造船事業の分社化は不可避か

 三菱重工は、ドル箱の火力発電用ガスタービン事業と、将来の収益の柱になると期待している航空機事業に集中する。造船事業の売上高は2000億円と全体の5%にとどまっており、建造量では国内で10位以下。すでに祖業という意味以上の価値はなくなった。造船事業を縮小した後は、造船事業を分社化して本体の連結決算から切り離すことになるとの見方も強い。

 選択肢は2つある。ひとつは13年1月にJFEホールディングス、IHIの造船事業が統合したジャパン マリンユナイテッドと、分社化した造船部門が合流する方法。もうひとつは、提携する今治造船、大島造船所、名村造船所が、三菱重工から分社した会社に出資して、三菱重工は持分法適用会社にする方法。いずれにせよ、造船事業の分離は時間の問題とみられている。

 しかし、将来の収益の柱と位置づけている航空事業も大苦戦だ。社運を賭け、三菱航空機(愛知県)が開発する国産ジェット旅客機MRJ(三菱リージョナルジェット)でも、納期遅れから3000億円ともいわれる開発費が、さらに膨らむ可能性がある。

 さらに米国では原子力発電所の事故をめぐり、約7000億円の損害賠償訴訟を受けている。米サンオノフレ原子力発電所で三菱重工が納入した蒸気発生器から放射性物質を含む水が漏洩した事故で、電力会社など4社から損害賠償を求められている。

 三菱重工を取り巻く環境は厳しさを増している。
(文=編集部)