27日、三笠宮崇仁親王殿下の薨去(ご逝去)を、中国メディアも大きく取り上げている。写真は東條英機が祀られる靖国神社。

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2016年10月27日、三笠宮崇仁(みかさのみや・たかひと)親王殿下の薨去(ご逝去)を、中国メディアも大きく取り上げている。

三笠宮さまは同日午前8時34分、心不全のため都内の病院で逝去された。100歳だった。昭和天皇の末の弟で、天皇陛下の叔父に当たる。明治以降の皇族では最長寿だった。

三笠宮さまは戦時中、陸軍参謀として中国の南京に赴任したほか、大本営の参謀なども務められた。中国と関わりの深い三笠宮さまのご逝去は、多くの中国メディアが取り上げているが、その中で環球時報は「かつて東條英機の暗殺を密かに計画」との見出しで報じた。

日本では「津野田知重陸軍少佐らと共に東條内閣打倒のクーデター計画を立てるが、東條英機暗殺などの過激な内容に躊躇し、自ら憲兵隊に通報。クーデター計画は未遂に終わった(津野田事件)」とされているが、記事では「日本軍内の東條英機に反対する勢力と連絡し、クーデターと東條英機暗殺を計画したが、成功しなかった」などと紹介されている。

そのほかの記事の見出しでは、網易新聞は「かつて中国侵略の暴行を謝罪」、中国網は「生前、中国侵略について中国人への謝罪を希望」、海外網は「日本に戦争の反省を呼びかけ」としている。いずれの記事の中でも、三笠宮さまの戦争への反省を紹介しており、著書の中で「今もなお良心の呵責(かしゃく)にたえないのは、戦争の罪悪性を十分に認識していなかったこと」と述べられたことや、1998年11月に来日した中国の江沢民主席(当時)に対して「日本軍の暴行を今に至るまで恥じ、なお深く気が咎めている。中国の人々に謝罪したい」と述べられたことを紹介している。

なお、中国版ツイッター・微博(ウェイボー)では「中国人に謝罪」よりも、「かつて東條英機の暗殺に関与」というワードが広く使われているが、東條英機が何者であるかを認識していないネットユーザーも少なくなく、一部のユーザーからあきれたようなコメントが上がっている。(翻訳・編集/北田)