東海テレビがキー局ではできないドキュメンタリーを生み出し続けられる理由(前編)

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ヤクザの日常に密着し、人権問題を描いた『ヤクザと憲法』、世間から鬼畜弁護士と言われた光市母子殺害事件の弁護士、安田好弘を捉えた『死刑弁護人』、戸塚ヨットスクールを描いた『平成ジレンマ』など、東海テレビは数々のドキュメンタリー番組を放映し、そのいくつかは映画化され全国に届けられてきた。

10月29日(土)より、特集上映「東海テレビドキュメンタリーの世界」と銘打ち、ポレポレ東中野で22作品を公開する。
東海テレビが扱うテーマは、民放キー局では目にすることができないものは多い。なぜ彼らは問題作を次々に作ることができるのか。プロデューサーの阿武野勝彦に話を聞いた。

―阿武野さんは、もともとはアナウンサーとして東海テレビに入ったんですよね。

それしか入る術がなかったんですよ。当時は紹介者がいないと入社試験を受けられない時代だったので。アナウンサーをやっていた大学の先輩から、「アナウンサー枠なら誰でも受けられるから、受けてみない?」と言われて。「いいっすね」って受けに行ったら合格して。アナウンス部長が「君が最後の弟子だよ」って言って大事に育てられたんですが、7年経った時に報道局の幹部に「番組を作りたいのか?」って誘われ「そうです」って答えたら、アナウンスからドキュメンタリーを作る報道番組部へ、くるっと席に後ろに回して、はい、異動って感じ。

―(笑)。報道局では、いきなりドキュメンタリーを?

はい。それで29歳で初めてのドキュメンタリーをやったんですが、いきなりいくつか賞をもらってしまった。才能があるのかな? って勘違いしてしまうくらい(笑)。でも、足腰しっかりしていないまま、上半身だけでやっているイメージだったので、「岐阜支局に出してくれ」って願い出たんです。そこは警察から県庁、市役所、経済界、街ネタまで、岐阜1県をひとりで担当するんです。ドキュメンタリーは、その時に撮っている場所だけに毎日通うような感じになってしまうので、これは一から取材のイロハを学ばなくてはと異動を頼んだんです。岐阜県1県、当時77市町村あったんですけど、イ垢戮討両貊蠅派ずニュースを作るイ辰討いΔ里鮗分の目標にして。さすがに全部は叶いませんでしたけど、ほぼできましたね。

―戻ってきてからは?

ドキュメンタリーを作る報道番組部とニュースを作る報道部で「どっちでもいいよ」と言われたので、じゃあ岐阜で見つけたネタでやろうってことで報道番組部へ戻りました。それで作ったのが、今回の特集でも上映する『村と戦争』です。岐阜支局で記者として回っているうちに、東白川村という当時人口3000人の小さな村が、どのように戦争と関わったかという題材にぶつかったんです。戦後50年の前の年でしたね。

―『村と戦争』を観て、なんでこんなに小さな村を突き止めて細部にわたってご存知なのかなと思ったら、そういう背景があったんですね。ちなみに、今のメディアはとにかく横並びだと言われていますよね。そんななか、『村と戦争』もそうですし、『ヤクザと憲法』もそうだと思うんですが、東海テレビの作品はテレビ業界の空気を読まないどころの騒ぎじゃない。そうとう風当たりも強かったりするのではないかと思うんですが・・・。

鈍感ですね、風当たりについては。なるべく感じないようにしているのかもしれないですけど。自分がどういう風を浴びているかっていうのは、同じ風でも、人によって心の持ちようで受け方は違いますよね。おそらく、みんな頭がいいからイ海Δいιだイ辰堂鮗瓩靴垢るんじゃないですかね。例えば、ゥソ左翼イ澆燭い僻稟重な言葉を投げつけられることもありますよ。でも、戸塚ヨットスクールを描いた『平成ジレンマ』(2010年)をやっても、ゥソ左翼イ世掘◆愡犒妻杆鄂諭戞2012年)をやっても、漁協のおじさん(『長良川ド根性』2012年)のことをやっても、伊勢神宮(『神宮希林 わたしの神様』2014年)をやってもゥソ左翼イ辰董

―なるほど(苦笑)。

批判の言葉がゥソ左翼イ覆鵑世覆辰董△覆鵑読郎い僻麁颪了妬と思えば、イ△ △泙燭修ΔいΔ海箸鮓世Δ里梨イ辰椴せるというか。言われたくないとプロテクトしようと思い始めると、表現したいはずの事がどんどん崩れていくじゃないですか。ゲ燭鯢集修垢襪燭瓩砲修離櫂献轡腑鵑砲い襪痢 できないのなら次の人にまわそうよイ辰道廚辰討い襪里如それから、僕らがやっていることに対して、よくザ界線を越えていくイ辰童世錣譴襪鵑任垢諭最初はそれが気持ちが良かったんですよ。なんだかロックな感じでしょ(笑)?

―そうですね(笑)。

だけど、考えてみたら境界線っていうのは、いわばキワモノ。越えたら、向こう側へ行っちゃってるっていうことだから、気持ち良いと思ってちゃダメだな、と。要するに、今の状態にしておきたい自分たちを守るために、境界線を越えていくバカなヤツを作り出すわけじゃないですか。それは、排除の論理と近いんじゃないかと。この考え方に与すのはやめて、むしろ、僕たちが真ん中なんだと言うようにしたんです。セ笋燭舛魯疋ュメンタリーとか表現の、ど真ん中をやっているつもりです。境界線じゃないし、キワモノでもないし、ことさら尖っているわけでもないイ辰童世Δ海箸砲靴燭鵑任垢茵


『神宮希林』(C)東海テレビ放送

―ちなみに、これらのドキュメンタリーにスポンサーはついているんですか?

基本は、自由に作れるようにとスポンサーを付けないように会社がしてくれていますね。有り体に言うと、1本の制作費は270万くらいなんです。ただ、カメラマンもカメラマン助手も、効果マンもディレクターもプロデューサーも、タイムキーパーも何もかも報道局にいるメンバーなので直接費はかからないんです。ニュースの延長であるケースもあるし、報道局予算のなかに入れちゃう(笑)。そういう大きな懐のなかで作っているんです。だから、音楽をオリジナル制作にしたり、発信力のある役者さんにナレーターをお願いする出演料だったり、スタッフの打ち合わせや現場への交通費などに使うんです。特番的な要素のある番組は、270万ではできないケースもありますが、どの作品もほぼ同じです。

―では、どこかスポンサーが提供でついているわけではなく?

『神宮希林』は赤福がついてくれましたね。私も伊勢の赤福の本社まで何度か通いましたね。ドキュメンタリーの映画化という仕事は自分が始めたんですが、配給、宣伝費がかかる割に、入場料収入で賄えないケースもある。そういうことをずっと続けていると、会社は「赤字じゃないか」って仕事を続けていけない恐れがあるので、収支を整えるために赤福に支援してほしいとお願いしました。そういうふうにお金をいただいているケースもあります。赤福は、作品の中身については何も要望はありませんでしたね。

―口出しはさせない?

させないというか、やっぱりナ顕修覆鵑世ら、それを支えようイ辰討いΑ△燭世旅告主ではなくって、本物のスポンサーはまだいるんですよ。そういう人、会社にお願いすることができれば、継続的に表現ができるということもあると思います。『ヤクザと憲法』(2015年)はさすがにお願いできませんでしたけど(笑)。こういうものでも、もしかしたらナ顕修覆鵑世らイ辰討海箸能个靴討れる可能性もあるかもしれない。だから、このネタだからダメだって思い込むのもよくないな、とは思いますけど。


『ヤクザと憲法』(C)東海テレビ放送

―『ヤクザと憲法』をやるとなった時に、会社内で反対の声はなかったんですか?

もともと『光と影 〜光市母子殺害事件 弁護団の300日〜』(2008年)の時に、経営トップと暗闘がありましたよ。それを上手く越えていったというか、ゥ疋ュメンタリーに手を出すと火傷するぞイ辰討いΔらいのやりとりになったんですね。言ってみれば、テレビの報道って現場に編集権がないというか、かつては経営者がズカズカ入ってくるっていう構図だったと思うんですけど、その時に緊張関係ができたんですね。そうして編集権ができたような状態が確保できた。それが第一ラウンド。その後に、ゥ札轡Ε爐気鷸件(※1)イあって。ダミーテロップが出ちゃったのはなぜなのか? と考えると、自分たちの足元の話だつたんですね。

―というと?

会社が金銭至上主義に陥ってたんですね。どんどん制作費を削っていって不満が溜まっている現場のスタッフに魔が差してバカなことをリハーサル用のテロップに書いてしまって、それが本放送されてしまった。これは、経営に何の問題もないと言えるのか? っていう。そこでもまた経営トップとバトルが繰り広げられた。その末に、報道の原点に戻ろうっていう一つの考え方が出たんです。放送局は真の意味で公共的な役割があるという考えのもと、金銭至上主義を反省して、組織を補強していったんですね。結果、ある意味ではゼ由な表現空間イできた。その代わり、自分たちが徹底的に責任を持つという立場で番組制作をしなきゃならなくなったのですが、そうした流れのなかに『ヤクザと憲法』は成立したんです。

―その経営者と揉めるきっかけになったと言っていた『光と影 〜光市母子殺害事件 弁護団の300日〜』も拝見しました。当時、メディアは基本的には圧倒的に「加害者を死刑に」という方向の報道だったし、弁護団をクローズアップするだけで批判されるような空気でしたよね。

そうですね。

※1 セシウムさん事件
2011年8月4日、東海テレビの情報ワイド番組『ぴーかんテレビ』で、岩手県産「ひとめぼれ」プレゼント当選者を発表する際に「怪しいお米 セシウムさん」と書いたダミーテロップが表示され、不謹慎だと批判を受けた。翌日の同番組で謝罪をし、また夕方には経緯を説明する特番を放送。8月26日に検証番組を放送し、8月30日には東海テレビはァ悗圈爾んテレビ』検証報告書イ鮑鄒し、ホームページ上にて公表した。その後、毎年岩手に支援についての取り組みを社長が報告に行き、また、東海テレビでは、8月4日を「放送倫理を考える日」として役員・社員・関係スタッフが集会を開いている。
―『光と影』のような番組は作りづらかったと思うのですが、どのようにして企画が始まったんですか?

だいたい、どの作品もどこかに芋づるのゥ張譛イあるんですよ。『光と影』は、名張毒ぶどう酒事件(『重い扉〜名張毒ぶどう酒事件の45年』(2006年)、『黒と白〜自白・名張毒ぶどう酒事件の闇〜』(2008年)、『約束〜名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯〜』2012年)からなんですね。齊藤潤一ディレクターが名張毒ぶどう酒事件をずっと追っているんですが、一度、再審開始の決定があったんですね。それが突然棄却されたんです。再審が開始されるだろうっていう時は多くのメディアがこぞって事件の冤罪性について取り上げたんですが、再審取り消された途端、蜘蛛の子を散らすようにメディアは引いて行った。ああ、また忘れようとすると言う感じですね。

―ええ。

私たちは名張毒ぶどう酒事件は冤罪であるに違いないと思ってきていたので、むしろここで踏ん張らないとダメだ、この事件を忘れないための番組制作を続けようということで、弁護士の職業倫理をテーマにした番組を作ったんです。つまり、名張毒ぶどう酒事件の弁護団長の日常を捉えながら事件について考え続けるという取材を始めていました。その時、名張毒ぶどう酒事件弁護団のなかに、光市母子殺害事件弁護団にも入っていると弁護士がいて、光事件の弁護団会議に入れるっていう話をもらったんです。
我々は、名古屋局が光市母子殺害事件のことを扱うという意味を、すごくよくわかっていたんです。山口県であった事件で、広島高裁で裁判をやっていて、最高裁という東京も絡んでいるっていう構図のなかで、名古屋はエアポケット。そこで放送すると、視聴者も冷静に観ることができるはずだ、っていうことです。イ海了訶世呂垢瓦大事だイ辰討いΔ海箸如当時は光市母子殺害事件弁護団に入っている弁護士の職業倫理っていう話で企画書をたててセ蓋、広島高裁に取材に行きますイ辰峠个靴銅卞矣筏弔歪未辰胴圓辰燭錣韻任后

―だけど、結局経営者と揉めることになった、と。

ある時、私が「社長室に来い」と呼ばれてね。当時の社長は「私は本村(洋)さんにシンパシーを感じているんだ。鬼畜を弁護する鬼畜弁護団を取材するお前は鬼畜だ」もっと激しい放送では使えない言葉で罵られましたね。「私だって本村さんの心情は、いくら思っても余りある悲しみと怒りのなかにあることはよくわかっています。ただ、これは弁護士とか裁判制度を根底から揺るがすような社会になりかねない、それについては警鐘を鳴らさなくてはならないと思っています」っていう趣旨のことを言ったんだけど、「何を言っているんだ! 許さん! 潰してやる!」みたいな感じになりましたね。制作者は強いですよ。番組を持っているんですから。番組には、スタッフと取材対象が乗っかっているんですから。僕は言いましたね。「僕が辞表を出して済むならいいんですけど、社長がお止めになるんですからね。取材は、放送を前提にしているのですから、社長が訴えられる可能性がありますよ。相手は21人の腕っこきの弁護士ですよ」と。

―(笑)。

そうしたら「どのくらい取材は進んでいるの?」と(笑)。イ◆△海凌佑詫遒箸圭蠅辰討笋弔鮹気靴討い譛イ函「8割から9割くらいですかね」「そんなにいってるのか・・・」って。それでもまだ揉めるわけですよ。そこに、ちょうどBPO(放送倫理・番組向上機構)が光市母子殺害事件に関連するニュース報道についての申し立てについて審議内容の文書を出したんですね。ゥ謄譽喨麁擦「巨大なる凡庸」に陥っているァ◆崕乎津過剰同調」について警鐘を鳴らしたんです。濁流の如く一方向に流れていくことの恐ろしさについて考えて見なさいという文書だったんですね。そのいちばん最後に、私たちが弁護団側に入って取材していることが書いてあった。(※2)。番組審議室にいる同僚が、その7〜8行にマーカーをつけて役員室に撒いてくれたんですよ。

―それでガラッと変わったんですか(笑)。

それで放送後には、外部で番組を審査する人たちが高く評価してくれて、ギャラクシー賞優秀賞や民間放送連盟賞最優秀賞など受賞ラッシュとなりました。


『光と影 〜光市母子殺害事件 弁護団の300日〜』(C)東海テレビ放送

※2 BPO「光市母子殺害事件の差戻控訴審に関する放送についての意見」
・・・本件の検証作業中、委員会は、ある地方放送局の取材クルーが弁護団の了解のもと、弁護団の側から差戻控訴審の過程を取材していることを仄聞した。
それがどのような取材であり、どんな番組になるのかは不明だが、これも真実にアプローチするひとつの方法であろう。
 多様な見方、多彩な表現を提示すること、そこに番組制作の醍醐味とむずかしさと面白さがあり、この社会が成熟していくための鍵があることを、放送関係者一人ひとりが肝に銘じていただきたい、というのが委員会の期待である。
(BPO「光市母子殺害事件の差戻控訴審に関する放送についての意見」より抜粋)
後編へ続く

KATSUHIKO ABUNO
阿武野勝彦 ◯1959年、静岡県生まれ。東海テレビプロデューサー。1981年、報道局アナウンサーとして東海テレビ入社。1992年に岐阜県駐在記者。主なディレクター作品に『ガウディへの旅』(1990年/日本民間放送連盟賞)、『はたらいてはたらいて〜小児科診療所と老人たち〜』(1992年/文化庁芸術作品賞)、『村と戦争』(1995年/放送文化基金賞)、『約束〜日本一のダムが奪うもの〜』(2007年/地方の時代映像祭グランプリ)ほか。プロデュース作品には、『裁判長のお弁当』(2008年/ギャラクシー賞大賞)、『光と影〜光市母子殺害事件 弁護団の300日〜』(2008年/日本民間放送連盟賞 最優秀賞、芸術祭優秀賞、ギャラクシー賞優秀賞)など多数。個人賞に、放送人グランプリ(2008)日本記者クラブ賞(2009年)がある。


特集上映「東海テレビドキュメンタリーの世界」
2016年10月29日(土)〜11月18日(金)まで、東京・ポレポレ東中野にて公開、ほか全国順次予定
当日券:1,300 円(税込)均一
前売券:3回券 3,300 円(開催期間中も販売あり・劇場窓口のみでの販売)
企画:東風+ポレポレ東中野 提供・制作・著作:東海テレビ放送
http://www.tokaidoc.com/
(C)東海テレビ放送

イベント情報
シンポジウム
『FAKE』と『ヤクザと憲法』の作り手たちと語る「ドキュメンタリーの現在」
11月3日(木・祝)15:30 より
パネリスト:森 達也(映画監督・作家)、橋本佳子(ドキュメンタリージャパン プロデューサー)、大槻貴宏(ポレポレ東中野支配人)、阿武野勝彦(東海テレビ プロデューサー)
司会:石井 彰(放送作家)

トークショー
樹木希林(女優)×阿武野勝彦(東海テレビ プロデューサー)
11月6日(日)15:30 〜『戦後70年 樹木希林 ドキュメンタリーの旅「いくさのかけら」』上映後