中国人は日本人の笑顔にどのような印象を抱くのか。ハルビン工業大学の張雅晴さんは、日本人の笑顔の秘密について、自身の体験を基に次のようにつづっている。写真は熊本。

写真拡大

中国では、日本人は感情を表に出さず、どんな時も笑っていると言われる。感情を直接的に表現しがちの中国人とは正反対と言える。では、中国人は日本人の笑顔にどのような印象を抱くのか。ハルビン工業大学の張雅晴さんは、日本人の笑顔の秘密について、自身の体験を基に次のようにつづっている。

【その他の写真】

「ぎゃ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハーッ!!」

私は思わず、大笑いをしてしまった。ある雨の早朝に散歩していて、傘を差した日本のビジネスマンがつまずいたからだ。通りの向こうで見ていた私は涙が出るほど笑ってしまったが、他の日本人は急いで歩き去った。まるで全然見ていないかのようだった。あんなに大声で笑ったのは、周囲の人に迷惑だったんじゃないか。あの男性の自尊心を傷つけたかもしれないと反省した。

2014年8月、熊本大学での15日間の短期交流プロジェクトに参加した。振り返ると、日本のみんながいつもニコニコしていたのが特に印象深い。日本の人は常に笑顔で接してくれた。そして、楽しい時のみならず、悲しかったり、困ったり、恥ずかしかったりした時でも、なぜか笑っていた。

日本人の笑いの意味について、少し理解できない点がある。熊本に向かうバスに乗って窓の外のきれいな風景を眺めながら、少し緊張していた。当時、私は9カ月しか日本語を勉強していなかった。熊本の学生と出会っても、基本的な会話すらできなかったらどうしよう。日本の学生にとって、178センチメートルの私は女性として背が高すぎるんじゃないか。心配でたまらなかった。しかし、日本の学生と先生はみんな明るく笑顔で「お疲れ様でした」と出迎えてくれた。私はすぐに気が楽になって、長旅の疲れが吹き飛んだだけでなく、一瞬で親近感に包み込まれた。おかげで、その晩は安心してホテルで眠れた。

熊本の8月は想像を超える暑さだった。そのためショッピングセンターへ行き、きれいなスカートを買おうと思った。午後は暑すぎて、多くの人が休むのだろう。道には人が少なかった。店に足を踏み入れた途端、「いらっしゃいませ」という声が飛んできた。誰も見ていないのにどこからなのか、本当にびっくりした。普段、日本のホラー映画を見すぎているからかもしれないと思いつつも、温かさを感じた。

私は自分の好みを店員さんに伝えると、彼女は笑顔で熱心に私に合う服を探してくれた。残念なことに、なかなか見つからなかった。こんなに親切な店員さんに面倒ばかりかけたのに、結局何も買わなかった。不満な目で見られたら、どうしよう。不安で私は「本当にすみませんでした」と小声で言うことしかできなかった。すると意外なことに、変わらない笑顔で「ありがとうございました。またお越しください」と返ってきた。なるほど、こんなにお客様を大切にしているんだ。私は感服した。これに対して、中国では客が物を買わないと怒り出す店員もいる。感謝の気持ちが全く感じられない。これは、残念なことだ。

熊本を歩いていて、私の不注意で人の行く手を阻んでしまったり、人の足を踏んでしまったりした。どうして日本の人は私に笑顔で「申し訳ありません」と言ったのだろうか。相互の謝罪を通して、私は他人の足を踏んだ自分を責める意識から解放された。楽になった。笑顔の挨拶は本当に素晴らしいと思った。

日本人は他人に自由の空間を認めて、相手を尊重する。ミスが起きても、できるだけ人を笑うことを避ける。これは日本での大切な体験だ。日本人の笑顔は私に強い印象を与えた。日本人の微笑は親和の作用を持っている。自分の感情を心の中に抑え、他人にできるだけ愉快な印象を与えようとしている。そして、本心を隠して見破られないように心掛けてもいる。けれども、日本人の微笑にはもっと複雑な意味が隠されているはずだ。今の私には、まだ全てをよく理解できていないだろう。また日本へ行く機会があったら、ぜひ日本人の微笑を観察、研究したいと思っている。(編集/北田)

※本文は、第十一回中国人の日本語作文コンクール受賞作品集「なんでそうなるの?中国の若者は日本のココが理解できない」(段躍中編、日本僑報社、2015年)より、張雅晴さん(ハルビン工業大学)の作品「日本人の笑いの多様性」を編集したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。