日本人のラーメン好きは多くの中国人にも知られているが、中国メディアの観察者の25日付の記事は、元々は中国から日本に伝わったラーメンがどのようにして日本の「国民食」となったのか説明している。(イメージ写真提供:123RF)

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 ラーメンは日本人の国民食として世界にも知られている有名な料理だが、日本各地には非常に多くの種類のご当地ラーメンが存在する。豊富な種類のご当地ラーメンは、日本人がいかにラーメンを愛しているかを示す証拠の1つと言えよう。

 日本人のラーメン好きは多くの中国人にも知られているが、中国メディアの観察者の25日付の記事は、元々は中国から日本に伝わったラーメンがどのようにして日本の「国民食」となったのか説明している。

 記事は1910年に日本人が横浜中華街の中国人料理人を雇い、浅草で「来々軒」を創業したのが「日本のラーメン」の始まりだと説明。中華料理としてのラーメンは各地の中華街で提供されていたであろうが、「香りが良く、コクがあり、歯ごたえの良い日本式ラーメン」の条件は、来々軒で生まれたと論じた。

 さらに、「うどん」や「そば」のような麺料理が存在し、ラーメンが受け入れられる余地が存在していた日本において、来々軒の誕生後に初めてラーメンは中華街から外へ出て、一般の日本人に知られるようになったと説明した。

 また、当初「支那そば」と呼ばれていたころのラーメンはまだ中華料理の要素が強い料理だったが、第二次世界大戦後の食糧不足の時期においても「ラーメンは価格が安い料理だった」ため、日本人の間で広く親しまれる料理になったと指摘。その後、インスタントラーメンが発明されたことで、ラーメンは日本国内でさらに親しまれる料理になったと伝え、日本各地で現地の人びとの味覚に合うように絶え間なく改善されたことで「ラーメンは日本人の国民食へと発展していった」と指摘した。

 日本のラーメン史において、記事は「来々軒」を重要なポイントとして挙げている。来々軒が存在しなければ日本が世界に誇り、また国民食としてこよなく愛するラーメンは存在しなかったかもしれない。また、ラーメンは「既存のモノを改良して全く新しいモノを創出する」という日本人の特質が存分に発揮された料理だと言えるだろう。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)