10月9日、東京オリンピックについて就任後初会談した小池都知事と森会長

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 2020年の東京オリンピックのカヌー・ボート競技会場として、東京都が整備を進めてきた東京湾に浮かぶ海の森。

 海の森は、1970年代にゴミ行政に行き詰った東京都がゴミの処分場として活用。ゴミの埋め立てと同時に土地の造成を行ってきた。お台場の南側にあることから、海の森一帯は東京都最後の未開拓地とも揶揄される。しかし、お台場も含めて東京湾岸エリアは、その帰属をめぐって行政が争奪戦を演じてきた歴史の舞台でもある。

 中央防波堤と同様に、大発展を遂げるお台場も東京湾に浮かぶ島として70年代から“東京13号地”として造成が進められてきた。今でこそ、一大商業地として多くの企業が立地する金を生む土地のようにも見えるが、13号は90年代後半まで都心に近いだけの茫洋たる荒野でしかなかった。

 そのため、13号地は江東区や品川区、港区などが「自分の区にしたくない」と押し付け合い、帰属をめぐって紛糾。仮に、自分の区になれば、道路の整備、街頭の設置、清掃・美化・緑化・ゴミ処理といった管理責任が出てくる。無人の荒野に多大な費用を投じても無駄になってしまうと行政に思わせるほど、当時の13号地は魅力に乏しい土地だった。

 結局、3分割されて、江東区、港区、品川区によって管理されることになった。現在、このこの地域は「お台場」と呼ばれるが、お台場は港区の住所であり、江東区は青海、品川区は東八潮となっている。

●江東区と大田区の攻防

 13号地に大型商業施設が立ち並び、多くの人が訪れるようになると状況は一変する。13号地南側に造成された中央防波堤も金を生む土地だと見られるようになり、一転して土地の奪い合いが始まった。

 当初、中央防波堤の帰属を主張したのは、中央区、港区、品川区、江東区、大田区の5区。そのうち陸続きではないことを理由に、中央区、港区、品川区は撤退したが、中央防波堤に建設される公共施設に関してはこの3区の区民も使用できるように要望を出すなど、簡単に手放さなかった。

 大田区は地形的に中央防波堤の帰属を主張するのには無理があるようにみえるが、中央防波堤と大田区とは海底トンネルで結ばれており、自動車で大田区と中央防波堤を行き来することができる。

 そうした事情から、いまだ海の森のある一画は住所が確定していない。江東区職員は、「13号地を造成したときも、江東区に押し付けてきた過去がある。お台場が成功したからといって、中央防波堤をうちの区にしたいと考えるのは自分勝手」と主張する。一方の大田区職員は「中央防波堤はもともと大田区民が漁場としていた場所。そうした歴史的経緯があるのだから、中央防波堤は大田区に帰属するのが当然」と譲らない。実際、両区は繰り返し広報誌で中央防波堤を自分の区だとする主張を時折掲載し、場外乱闘的な小競り合いがたびたび起きている。

 中央防波堤の“領土問題”は、いっこうに決着する様子がみえない。そのため、同地は住所が決まらず、暫定的に「東京都江東区青海三丁目地先」とされている。江東区青海地先とはなっているものの、江東区の土地ではないのだ。

 帰属が決まらないままだと、東京都であることは確定しても中央防波堤を管理する区が決まらない。当然ながら、そこに住む人たちの税金の納税先も確定しない。

 現在、中央防波堤に居住者はいないが、それは住所が確定していないからだ。住所がなければ、商業施設やタワーマンションの建設計画を進めることはできない。

 ほかにも、中央防波堤が都市開発されない事情がある。東京都環境局の職員は言う。

「お台場のある13号地は、もともと土砂で埋め立てた土地なので、地盤がしっかりしていて高層ビルなどを建設することは可能です。しかし、中央防波堤はゴミで埋め立てているので、地盤が固まるまで埋め立てから50年間は大きな建物を建設することは難しい。そうした事情もあって、開発が進まなかったのです」

 東京オリンピックは2020年に開催される。つまり、中央防波堤の埋め立て工事から、おおよそ50年後にあたる。オリンピック終了後に、中央防波堤周辺は開発のタイミングを迎える。オリンピック会場として整備が進められてきた海の森は、中央防波堤の開発を促進させる起爆剤でもあった。

●東京都の悲願

 荒野のまま中央防波堤を眠らせておくほど、東京都も呑気ではない。港湾局を筆頭にして、東京都は海の森の開発に全力を挙げてきた。いくつもの財団法人にも協力を仰ぎ、植樹やウォーキングイベントなどを定期的に開催している。そうした地道な努力が実り、来年には海の森を公園として一般公開するところまで漕ぎつけた。海の森をオリンピック会場にすることは、長年の積み重ねの総決算でもあった。

 海の森を公園として一般公開した後、東京都は帰属問題も決着させる予定にしていた。しかし、東京オリンピック関連予算が当初の計画をはるかに上回ることが報道されると、雲行きは怪しくなる。都民ファーストを掲げる小池百合子都知事が490億円超ともされる海の森競技場の整備費についても見直しを指示。宮城県の長沼ボート場や埼玉県の彩湖などの代替地の選定が進められた。

 仮に海の森がオリンピック会場から外されてしまうと、これまで積み上げてきた努力が水の泡になる。

 オリンピック会場の見直し機運が高まるなか、東京都は海の森の競技会場の整備費を490億円から300億円まで縮減可能と発表。恒久的な施設ではなく、仮設として競技場を整備する案も飛び出した。東京都はなりふり構わない姿勢で、海の森を競技場にしようと動いている。

 50年の歳月をかけた、海の森の開発という東京都の悲願は改革を掲げる小池知事によって強制終了させられるのか。間もなく、その決断が下る。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)