王者はつらい。帝京大の「一強時代」ゆえか、全勝対決というのに、スタンドはちょっぴり寂しかった。4690人(公式記録)。もたつきながらも、王者は前人未到の8連覇に向けて開幕からの連勝を4に伸ばした。

 23日、曇天下の東京・秩父宮ラグビー場。帝京大は慶大を42−31で下した。意外な接戦でも、地力の差は明らかだった。

「学生にとっては、いいクスリになったと思います」

 岩出雅之監督の顔にはどこか余裕が漂っている。メンバー編成も、チーム強化もまだ途上。勝って反省することで、チーム力がアップするとの自信もにじむ。

 勝ち続けるのは難儀なのであろう。学生だもの、大勝続きの今季、どこかに油断が生まれても不思議ではない。しかも慶大には昨季、圧勝(89−10)していた。

 立ち上がり、死に物狂いの慶大の気魄(きはく)に圧倒された。両チームの心のあり様の違いはまず、スクラムにもろに出た。帝京大のスクラムは慶大と比べ、フロントロー陣の姿勢が高くて、結束に欠けた。

 帝京大フッカーの堀越康介はこう、しきりに反省した。正直だ。

「相手はまとまっているのに、こちらはバラバラに組んでしまった。(スクラムでの両チームの)センターラインを慶応にとられて、後手後手に回ってしまいました。なかなか修正ができませんでした」

 スクラムで立て続けにコラプシング(故意に崩す行為)のペナルティをとられて、帝京大はペースを崩してしまった。接点でも後手をふむ。ブレイクダウン(タックル後のボール争奪戦)で姿勢が高い。ふたり目が遅い。受けてしまった。

 前半15分。自陣ゴール前のペナルティでスクラムを選択され、そのスクラムからの連続攻撃で慶大スタンドオフ(SO)の古田京に先制トライを許した。今季、初めて、ゴールラインを割られた。

 岩出監督は言った。

「どこかで慢心じゃないですけれど、心の中に隙があったんじゃないかと思います。本当の実力がないのかもしれませんが」

 最後のフレーズは無論、本心ではあるまい。学生のフィジカル、ラグビー理解度は高いし、ディシプリン(規律)もきちっとしている。ラグビーに対する真摯な姿勢は相変わらずで、約140人の部員による部内競争も熾烈である。練習試合では社会人のパナソニック、サントリーに互角の勝負を展開しているのだ。

 結束モールをぐりぐり押し込んでトライをポンポンと取り、勢いづけば、赤いジャージはもう止まらない。FW、バックス一体となった波状攻撃はすさまじかった。

 もっとも強さを印象付けたのは、例えば、ウイング竹山晃暉の戻ってのセービングなどの基本プレー、ラインアウトでのナンバー8ブロディ・マクカランの安定ぶり、エースのSO 松田力也の百発百中のゴールキックである。

 日本代表の松田は王者ならではのプレッシャーを口にした。
「自分自身もチームも意識はしていないつもりですけど、絶対勝たないといけないという思いはみんな持っています。その中で、どうしても硬くなったりしているのではないでしょうか」

 松田は、過日53歳で急逝した平尾誠二さんと同じ中学(京都市陶化中)、高校(京都・伏見工)である。いわば日本代表として活躍するラグビー選手の王道。

「中学、高校の大先輩ですし、直接お話を聞いたこともあります。オーラがあるというか、すごくオトコマエの方で...。(訃報に)びっくりしました。ショックでした」

 松田は映像で平尾さんのプレーを何度か見たことがあるそうだ。華麗で、クレバーなプレーヤーだった平尾さんは、松田にとって、あこがれの存在でもある。

「同じ中学、高校なので、周りからは、(平尾さんと)だぶらされて見られてきましたけど、それに負けないよう、自分はしっかり、成長していきたいと思います。誰に聞いても、"平尾さんはすごかった"と言いますし、そういう風に言われるプレーヤーになりたい」

 日本ラグビーにおいて、「7連覇」は特別な意味を持つ数字である。平尾さんは神戸製鋼の7連覇に貢献した。8連覇を達成すれば、あらたな歴史を創ることになる。それにしても毎年、選手ががらりと変わる大学ラグビーでこれほど連覇を積み重ねるとは。

 8連覇の8とは? そう聞けば、松田は背筋を伸ばした。両手でペットボトルをぎゅっと握りしめた。

「先輩方に築き上げていただいたものに、自分たちがよりいいものを上乗せしていけるのが、8という数字だと思います。自分たちの力を最大限出すことがいい結果につながると信じています」

『挑戦』

 これが、学生たちが考えた今季のテーマである。対峙する相手とともに、8連覇の重圧とも戦わないといけない。これといったライバル校不在はむしろ不幸ではあるのだが、だからこそ、何より己に挑み、己に克たねばならない。慢心が最大の敵となる。

 主将のフランカー亀井亮依(りょうい)は、「挑戦」をこう説明した。

「勝負は日ごろの一日、一日に自分自身で戦えるかどうかです。一番の敵は自分だと思っています。社会人にも勝とうとしているので、練習で、社会人を意識したプレーの強度であったり、集中力であったり、そういったものを、全員がどう高めていくかですね」

 なるほど、学生たちの志は高い。この日の慶大戦から見えた課題をあえて挙げれば、スクラムとゲームの立ち上がりである。接点で受けたときのディフェンスである。結束とメンタルである。個人の能力、総合力ではやはり、大学では群を抜いている。

 そういえば、帝京大は毎試合、岩出監督が「試合MVP 」を発表している。チームメイトからの信頼の証ゆえ、そのMVP への部員のモチベーションは高い。

 慶大戦の後、ラグビー場の外の暗闇で全部員による円陣が組まれた。輪がぎゅっと小さくなる。岩出監督がユーモラスに言った。

「MVP 、今回はナシ!」

 なぜか学生の笑いが起こった。次の試合には慶大戦を反省して、全員でMVPを狙っていけ、との監督のメッセージだったのだろう。ポジティブ・スイッチが入った。

 次戦は11月6日の早大戦(秩父宮)である。今季は好調といわれている伝統校。スタンドの観客数も増えるだろう。どうしたって、やる気が沸き出てくる。

 こちらを早大OBと知ってだろう、雑談の際、岩出監督が愉快そうに話しかけてきた。

「大悟(早大・山下監督)がね、一生懸命やっているんでしょ。ワセダも期待しているし、マスコミさんも期待している感じがするものね。そこらじゅう、ワセダ、ワセダ、ワセダって。帝京は帝京の全力を出します」

 まずい。王者の闘志に火がついた。

松瀬 学●文 text by Matsuse Manabu