さわや書店フェザン店Twitterより

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「申し訳ありません。僕はこの本を、どう勧めたらいいのか分かりませんでした。どうやったら『面白い』『魅力的だ』と思ってもらえるのか思いつきませんでした。だからこうして、タイトルを隠して売ることに決めました」(原文ママ)

 そんな書店員の想いが書き込まれた手製のブックカバー。本のタイトルも作者も出版社も分からない、そんな本が売れている。ビニール包装されていてパラパラと捲ることも出来ない。盛岡の「さわや書店フェザン店」のある書店員が、どうしてもこの一冊の本を読んでほしいという想いから考え出した販売方法、「文庫X(エックス)」だ。

 ブックカバーには、書店員の想いのほか、この本がノンフィクションであること、500ページを超えること、価格が810円であること、そしてもし購入者が同じ本を持っていた場合は返品に応じることしか書かれていなかった。読書好きであれば、否が応でも興味を惹かれる。3000冊以上の本を読んできた書店員が、「この一冊をあなたにどうしても読んでほしい!」と言っている。そんな想いが、本を好きな客に伝播し、今では全国300以上もの書店で「文庫X」は売られている。

◆文庫Xの成功要因は3つ

 筆者も購入してみた。ビニール包装を破り、ブックカバーをゆっくりと外す。この時点で本好きならば810円の価値がある。タイトルを見ると、「まさか!」と思うようなものだった。本は、読み応えのある興味深い本で、二日で読み切ったのだった。少なくとも、盛岡のいち書店員が、どうしてもこの本を読んでほしいと思ったことには納得できた。「文庫X」の体裁でなければ、書店に平積みしポップで推しても、この本を手に取る人は、今の10分の1もいなかったであろう。

「文庫X」の成功の要因は、3つあると考える。

 まず1つ目は、圧倒的なアイキャッチの力。客を立ち止まらせる力。見せないことによって、見たいという欲求を最大限に刺激する。書店という空間において、ありそうで絶対に無かった広告の手法である。

 二つ目は、書籍自体の力。本を読んだ大多数の人が、「面白くない」と思ったならこれほどまでに「文庫X」はヒットしなかっただろうし、ネットを媒介にした口コミも広がらなかったであろう。内容自体には賛否両論もあるが、購入者にそれでも810円、もしくはそれ以上の価値があると思わせた書籍の説得力なしにこの成功は語れない。

 三つ目は、「出会い」を売ったこと。これこそが、最大のヒットの要因だと考えている。本屋には二種類の客がいる。本屋に入る前から買う本を決めている人。そして、本屋に入っていから決める人。後者は「本との出会い」を求めるタイプ。それでも、タイトルを見て、作者を見て、背表紙のあらすじや、表紙のデザインなどの情報を総合的に判断し、最後は自分が決める。しかしこの「文庫X」は、その前情報すら排除し、「出会い」のドラマチックさだけを追求した。

 手のひらの上のスマホの中で、すべてを知ることが出来る高度な情報社会において、この「出会い」は衝撃的ですらある。

◆文庫Xの手法は他の分野でも通用するか

「文庫X」の今後について考えると、「文庫X」は、ある意味「一発屋」ともいえる。今後、別の本屋の別の書店員が、自分がどうしても読んでほしい本を「文庫Y」として売り出したとしても、今回のようなヒットにはならないだろう。初めての出会いがドラマチックであればあるほど、二番煎じの味は薄くなる。

 ただ、この手法は書籍以外の分野でも成功できる可能性がある。

  例えば「映画X」として、入場料1000円、2時間ほどの1980年代の外国映画を上映する。「必ず大切な人と見てほしい映画」などと宣伝文句を打つ。少なくとも、上映が始まるまで映画好きな客は、暗がりの座席で「どんな映画が始まるのだろう?」とドキドキしていることだろう。万が一にも、映画がのちに観客にとって一番の作品となれば、その「出会い」は忘れえぬものになるだろう。

 すべてを知ることができ、効率化が優先され、煩雑なプロセスを回避される現在。「文庫X」の成功は、わざわざ書店や映画館まで足を運び、ごくわずかな情報しか与えられない中でのアナログな「出会い」が求められていることの証左かもしれない。

<文・安達 夕>
1976年生まれ、40歳。会社員の傍らフリーライターとして活動。