無料奉仕の技術指導

 内外雑貨で渡辺に羽二重を売ってもらうとき、幸一はいつも一反だけしか買っていかなかった。

 “反物”という言葉があるように、一反は一人の着物を作る分の布地である。在庫は何千反あるし、こんなに少ない量を買いに来る人間は滅多にいない。

「一反だけなんてじゃまくさいなぁ〜」

 と渡辺が文句を言っても、

「金ないもん」

 と悪びれることなく答える。

 格好をつけようとするところのない幸一の態度が、渡辺には好ましく感じられた。

 一反ずつ買っていった代金も結局はツケである。

「そう言えばあのときの代金全部もらったやろか……」

 インタビューの時、渡辺はそう言って笑っていた。

「はじめは男前やと思ったんです。ところがよく見てみると、ズボンのなかにお箸が通っているような細い男でした。こんな細い体をして、これだけ仕事をして、体が参ってしまうのに、アホやな、この人と思いました」(『ワコール50年史「ひと」』)

 そのうち幸一は内外雑貨の生産体制に興味を持ちはじめた。工場はいろいろ知っているが、ここはほかとは比べものにならない大量生産体制を確立している。なおかつ、それを指揮しているのが、いつも彼に羽二重を売ってくれている渡辺らしいのだ。

 ある日、だめもとで彼女にこう誘ってみた。

「うちの工場をちょっと見てくれへんか」

「ええよ」

 ふたつ返事である。

「でもこっちの仕事終わってからやで」

 こうして幸一は、彼女の仕事が終わるのを待って自転車で迎えに行き、技術指導を仰ぎはじめた。

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