突き崩された「保守主義対リベラリズム」の構図

 長かった米国の大統領選挙キャンペーンも、ついに残り2週間というところまでたどり着いた。

 今回の大統領選はこれまでの選挙戦と比べて異例の出来事が多かったが、中でも“異常”な事態と言えるのは、なんといっても政治歴がまったくなく、放言・暴言をまき散らすドナルド・トランプ氏の共和党候補の指名獲得である。この「トランプ現象」こそ、今回の大統領選の最大の特徴だろう。

 トランプ現象が米国で引き起こした大きな変化の1つは、共和党主流の組織や政治家たちを根こそぎ崩してしまったことである。そして、もう1つは、トランプ候補の言動が、これまで共和党が掲げてきた保守主義の旗をすっかりくすませてしまったことだろう。

 これまでのどの大統領選挙でも共和党候補が高らかに宣言してきた保守主義の主張がはるか彼方に後退してしまったのだ。

 米国の保守主義はどうなってしまうのか。最終盤となった選挙戦をみていてつくづく感じる疑問である。これは、トランプ旋風によって土台をさんざんに壊された共和党の命運への問いでもある。

大統領選は保守主義とリベラリズムの対決

 近年の大統領選挙は程度の差こそあれ、毎回、保守主義とリベラリズムの対決だった。

 私が初めて米国の大統領選挙を現地で取材し、報道したのは1976年である。その年は、現職の共和党ジェラルド・フォード大統領に、ジョージア州知事だった民主党新進のジミー・カーター候補が挑戦していた。このときの取材で、理論的にも皮膚感覚的にも即座に理解したのは、両候補の対決は保守主義とリベラリズムの対立、要するにイデオロギー面での対決だったということだ。フォード氏が保守主義を、カーター氏がリベラリズムを唱えていた。

 1980年の大統領選挙では、このイデオロギー面での対決はもっと鮮明になる。共和党側は保守中の保守とも呼べるロナルド・レーガン候補が、現職のリベラル派のカーター大統領に真っ向からチャレンジした。それ以後のどの選挙でも、この「保守対リベラル」という対立の構図は明確だった。

 保守主義とリベラリズムの違いは何か。ごく簡単に言えば、保守主義とは、政府の民間介入を最小限にする「小さな政府」、社会的な価値観では「伝統の保持」、対外的には「強固な軍事力」の行使や積極的介入などを求める思想である。

 その逆がリベラリズムである。歴代大統領の中で最もリベラル色の濃いオバマ政権の政策をみれば、その内容がはっきりする。

 だからオバマ政権の否定から始まる今回の選挙では、共和党側の候補者は17人のうち16人までが「私は保守主義者です」と明言していた。

 唯一の例外がトランプ氏である。トランプ氏はオバマ政権を激烈に非難するものの、保守主義はまず口にしない。むしろ保守派の持論たる自由貿易にも反対する。軍事政策全般では保守志向だが、日本や韓国との同盟など保守派が堅持を唱える政策には懐疑を表明する。他の主要政策でもイデオロギーをほとんどみせない。そしてトランプ氏は、共和党主流の保守派の政治家たちをすべてこきおろす。

 それでも世論調査では必ず40%ほどの支持率を確保してしまう。その支持率によって共和党の他の16人の候補者を次々に倒したわけである。

トランプ支持の新人から挑戦を受けた保守派主流3議員

 となると、トランプ支持層は保守主義に背を向けたのかという疑問が起きる。トランプ氏が共和党候補に指名されたのは、保守主義にノーを突きつける米国民が増えたからなのだろうか。

 米国社会では年来、自らをリベラル派よりも保守派だとみなす人たちがずっと多かった。ブッシュ前政権時代の世論調査では「保守対リベラル」の比率は2対1ほどの差があった。大統領選挙となると他のさまざまな要素が入り、その傾向は必ずしも共和党支持には直結しない。だが、近年は差が縮まってきたとはいえ、個人レベルではやはり保守派の数がリードする。

 そんな構図はトランプ現象に崩されてしまったのだろうか。米国の保守主義は死んでしまったのか。

 この疑問への答えは、大統領選と同時に開かれる連邦議会選挙予備選の結果にもヒントがありそうだ。

 大統領選と同様に、議会選挙でも民主党、共和党の両党にそれぞれ予備選があり、党としての公式指名候補を決める。指名候補たちはその上で、大統領選と同じ11月8日に投票が行われる本番選挙に臨む。

 トランプ候補は大統領選で、ジョン・マケイン、マルコ・ルビオ両上院議員とポール・ライアン下院議長の3人を「共和党のエスタブリッシュメント(既成勢力)」と呼んで罵詈雑言を浴びせてきた。その3人がそれぞれの選挙区での議会選挙予備選で、新人候補者からの挑戦を受けた。3人の候補者はみなトランプ氏の熱烈な支持者で、共和党主流の政治姿勢を生ぬるいと断じていた。

 だが、マケイン、ルビオ、ライアンの3氏は予備選でいずれも圧勝した。保守派主流の政治家たちが「トランプ現象」という逆風を見事に跳ね返したのである。政治評論家のマシュー・コンティネッチ氏はマケイン氏ら3議員の勝利の結果を「保守主義が大衆主義に勝利した」と総括していた。

 米国の国政の舞台で保守主義を唱えてきた3議員は、「保守主義の顔」として今なお健在であり、共和党支持層の間で、予備選段階とはいえ圧倒的多数の支持を得た。この結果を見る限り、米国の保守主義は決してまだ死んではいないと言えるだろう。

筆者:古森 義久