時の流れは、人の容姿を変化させることができても、人の思い出を消し去ることはできない。近年、ある米国籍を持つ日本人カメラマンが1980年代に遼寧省瀋陽市で撮影した写真が話題になっており、瀋陽の人々を懐かしい思いにさせている。

写真拡大

時の流れは、人の容姿を変化させることができても、人の思い出を消し去ることはできない。ある米国籍を持つ日本人カメラマンが1980年代に遼寧省瀋陽市で撮影した写真が話題になっており、瀋陽の人々を懐かしい思いにさせている。中でも、かわいい「三姉妹」が映る写真は特に話題となっている。その写真が撮影されてからあっという間に33年が過ぎ、今月23日、「三姉妹」が不思議な縁で、写真の撮影場所である思い出の遼寧大学で再会した。瀋陽晩報が伝えた。

【その他の写真】

▼当時を思い出して感動の涙

「三姉妹」の一人である瀋陽音楽学院戯劇影視学院の教師・劉欣さんは取材に対して、「2009年11月のある日、友人のテンセントQQ(インスタントメッセンジャー)のブログで偶然、昔の瀋陽で撮影された写真付きの投稿を見つけた。それを見てみると、写真に写っている女の子が着ている赤い服に見覚えがあり、見れば見るほど自分に似ていると感じた。その隣の女の子をよく見ると、子供の頃の遊び友達・楊佳■(■は女へんに尼)さんであることが分かった」と話した。

「その時、感動して涙がこぼれた。これは私の人生において一番不思議な『縁』。この写真を見ていなかったら、あの時のことを思い出すこともなかった。この写真は私が5歳だった83年に撮影したもの。撮影したのはある外国人で、場所は遼寧大学の留学生寮の前にあるテニスコート。私以外の2人の女の子は子供の頃の遊び友達で、持っている電話やチュール、ヘアピンなどは、その外国人が準備したもの」と劉さん。

▼三姉妹が思い出の場所で再会し写真撮影

「三姉妹」は最近になって、連絡を取り合うことができた。「三姉妹」の一人で、今は金融機関で働いている麻麗娜さんによると、「私の親戚が偶然ネット上でこの写真を見かけて、私に送ってくれた。その写真を見てとても興奮し、それを微信(Wechat)のアイコンにした。それがきっかけで3人が33年ぶりに再会した」という。

「本当にすごい偶然。私の同僚の一人が劉欣の大学時代のクラスメートで、私のアイコンを見て、その写真には彼のクラスメートも写っていると教えてくれた。それで劉欣と連絡が取れた。もう一人の楊さんは、遼寧大学で働いており、私とはずっと連絡を取り合っていた。だから、3人とも連絡を取ることができた。これこそ『縁』」と麻さん。

時は流れ、3人は既に30代。うち2人は「お母さん」になっており、一番大きい子供は7歳になる。今月23日、3人は33年ぶりに思い出の場所・遼寧大学崇山キャンパスで再会。同じ場所、同じアングル、同じポーズで、写真を撮影した。

▼撮影したのは米国籍の日本人

かわいい「三姉妹」や道端で体重を測るおじいさん、アイスを売るおばあさん、ペンギンのゴミ箱、会賓楼など、瀋陽の人々を懐かしい思いにさせてくれる写真の提供者はLeroy W.Demery,Jr.さん。米国籍を持つ日本人で、公共交通の専門学者として80年と83年に2度中国を訪問し、各地に足を運んだ。そして、改革開放(78年)が実施されて間もない中国の街の様子をカメラに収めた。

Leroy W.Demery,Jr.さんは83年9月12日、瀋陽を訪問した際、旅館に泊まろうしたものの、旅館はカギがかかっており、叫んでも誰も応答してくれないというトラブルに遭った。その時の無力感、戸惑い、心細さは想像に難くない。ただ、幸運にも、ある夫婦が助けの手を差し伸べ、住む場所を提供してくれ、翌日にある幹部が遼寧大学の留学生寮に案内してくれた。それから4日間、Leroy W.Demery,Jr.さんは瀋陽の北陵や故宮、中街などを訪れ、多くの人の思い出になっている景色をカメラに収めた。「三姉妹」の写真もその時に撮影されたものだという。(提供/人民網日本語版・編集KN)