日本を訪れた中国人のなかには、「日本人は他人に迷惑をかけることを避けるため、公共交通機関の車内で話もしない」、「日本人は公徳心が高い」などと称賛する人がいる。だが見方を変えれば、日本人のこうした習慣は「抑圧」されているようにも見えるようだ。(イメージ写真提供:123RF)

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 日本を訪れた中国人のなかには、「日本人は他人に迷惑をかけることを避けるため、公共交通機関の車内で話もしない」、「日本人は公徳心が高い」などと称賛する人がいる。だが見方を変えれば、日本人のこうした習慣は「抑圧」されているようにも見えるようだ。

 中国メディアの捜狐はこのほど、「日本という名の抑圧、中国という名の自由」と題する記事を掲載し、日本から中国に帰国したら「心からの開放感」を感じたと伝えている。

 記事は、中国に帰国した中国人の手記として、「中国の空港に到着し、地下鉄に乗ったところ、周囲には携帯電話で話をしたり、チャットアプリで音声会話をする人がいた」と伝え、その瞬間に開放感を感じたと主張。この中国人が日本に滞在していたのはごく短期間だったようだが、それでも日本滞在中には一種の「抑圧」を感じていたようで、「中国は自由」であることを実感したと伝えた。

 続けて、東京は非常に現代的な都市だったのは事実としながらも、「東京の人びとは話もせず、笑いもしなかった」と主張。また、朝早くに東京の地下鉄に乗ってみたところ、「乗車している人の数は多かったが、皆目を閉じていて生気がなかった」と主張。中国の地下鉄はたとえ朝早くでも、東京よりは活気を感じられると論じた。

 さらに記事は、中国人はしばしば声が大きくてうるさいと批判されることを指摘する一方で、「それは中国人が喜怒哀楽を素直に表現しているため」であると主張。他人に迷惑をかけないことを重視する日本人とは文化が違うことを認めつつも、「東京で感じたのは、人びとが抑圧されている」ということであり、中国は自由だということだと主張した。

 記事が指摘しているとおり、中国には確かに「一定の自由」はあるだろう。政治面の自由は制限されているが、他人の目を気にしないで済むという気楽さはあるが、見方を変えれば秩序がないとも言える。そのような環境で生まれ育った中国人からすれば、日本は抑圧されていて窮屈な社会に映るのだろう。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)