第16戦・オーストラリアGPが行なわれるフィリップ・アイランド・サーキットは、その名称が示すとおり、メルボルンから車で2時間ほど南へ走ったフィリップ・アイランドにある。海に面しているため島内全体の天候が変わりやすく、南側のバスストレイト(海峡)からコース上に吹く海風はタスマニア島、さらにその向こうにある南極方向から非常に冷たい空気を運んでくる。

 このサーキットで好リザルトを獲得するためには、コンディションに大きな影響を与えるこれらの外部条件を克服することに加え、全18戦中屈指のハイスピードコースでありながら左コーナーに比べて右コーナーの数が少ない、というレイアウト上の特性も巧みに攻略する必要がある。

 今年の第16戦で優勝を飾ったのはカル・クラッチロー(LCRホンダ)。2位は5列目15番グリッドから猛烈な追い上げを見せたバレンティーノ・ロッシ(モビスター・ヤマハ MotoGP)。3位には同じく後方の13番グリッドからスタートしたマーベリック・ビニャーレス(チーム・スズキ・エクスター)という顔ぶれが表彰台に並んだ。

 3名とも、この好結果を獲得する背景にはそれだけの理由と、それぞれのドラマがある。だが、その27周の長いレースでは、表彰台をほぼ射程距離圏内に収めながら、一瞬のうちにするりとそれを逃してしまった選手もいる。

 好スタートを決めて序盤から上位を走行していたアレイシ・エスパルガロ(チーム・スズキ・エクスター)がレース終盤の23周目に転倒した瞬間は、ため息ともどよめきともつかない声が会場に大きく響いた。

 冷たい雨風に悩まされた今回のレースウィークで、エスパルガロは土曜午後の予選を終えて4番グリッドを獲得。決勝レースでも、一貫して表彰台圏内につけていた。スズキのMotoGP復帰と同時にこの陣営へ加わったエスパルガロは、年少のチームメイト、ビニャーレスがすでに表彰台と優勝を獲得しているのに対して、まだ自身はスズキでの表彰台経験がない。

 ビニャーレスが才能と将来性を買われてファクトリーライダーに抜擢された一方、エスパルガロは豊富な経験で開発の主軸を担うことを期待されて加入した。その背景を考えれば、彼が内心で忸怩(じくじ)たるものを抱えていただろうことは想像に難くない。また、チームとともにマシンの戦闘力を高めてきた自負を持ちながらも来季の契約更改に至らなかったこともあり、今回を含むシーズン残りの3戦で表彰台を獲得したいという思いは、エスパルガロの心中でさらに強くなっていた。

 前週の日本GPで2列目6番グリッドからスタートし、表彰台まで0.5秒差の4位でフィニッシュした際には、レース後の彼に、今季ベストリザルトの達成感と表彰台を逃した悔しさのどちらが強いか、と訊ねたところ、「満足してるし、残念だったし、両方だよ」という言葉が返ってきた。

「レース序盤から上位で走れた。終盤はリアのスピニングが多くなったので、(エンジン制御の)マッピングをもう少し早く切り替えるべきだったかもしれない。それでも、ここまで攻めることができたのは今シーズン初めてなので、残り3戦もこの調子で戦いたい。明日にでもすぐオーストラリアで走りたいくらいだよ」

 日本から連戦となるオーストラリアGPは、雨で金曜午後の走行がキャンセルされるなど、不安定なコンディションに翻弄される週末になったが、エスパルガロは好調な流れを維持して、土曜の予選で2列目4番グリッド。ウィーク初のすっきりしたドライセッションになった日曜午前のウォームアップでは、トップタイムから0.557秒差の6番手。レースに向けた仕上がりは順調そうな様子だった。

 実際に、27周のレースで1周目から3番手につけ、以後もこの順位を守ってレース後半に差しかかった。やがて後方からは直線スピードで勝るドゥカティのアンドレア・ドヴィツィオーゾが迫り、さらにその背後にはチームメイトのビニャーレスも追い上げてきていた。直線でドヴィツィオーゾに抜かれてはコーナーでエスパルガロが抜き返す展開がしばらく続いていたが、23周目の右へ小さく回り込む4コーナーで、エスパルガロはフロントを切れこませて転倒。マシンを引き起こすために立ち上がる気力もなく、その場でしばらくうつむいて座り込んでしまうほど落胆する姿がテレビモニターに大映しになった。

 レースを終えた彼に、「本当に残念だったね。今日こそ表彰台を獲得できると思ってレースを見ていたんだけど」と話しかけると、「本当だね。自分自身も悔しいし、チームにも残念な結果になってしまった。今回はウィークを通してずっといい走りをできていたし、今朝のウォームアップでもレースに向けてバイクの仕上がりがよくなった。決勝では表彰台圏内でずっと走れていたけど......、レースではときにそういうこともあるさ。それがスポーツのマジックというヤツなんだと思うよ」と、寂しそうにほほえんだ。

「ドビはストレートが速くて、2次旋回からコーナー立ち上がりのトラクションエリアで勝っている。だからいつも直線で抜かれて、どうにもならなかった。ブレーキから進入で勝負をしたけど、皆が自分のバイクの有利なところを最大限に利用するから、まあ、しかたないよ。ベストを尽くしたんだ。日本では力強いレースをして、ここは自分の得意コースではなくていつも苦労していたわりに、今回は日本よりもさらにちょっとだけいい走りができた。次のマレーシアは好きなコースだから、金曜午前から高い戦闘力を発揮できると思うよ」

 アレイシ・エスパルガロがスズキで走るのは、あと2戦。この2レースで、彼は表彰台を獲得するチャンスを手にできるだろうか。

西村章●取材・文 text by Nishimura Akira