「金縛り」は日本人の約半数が体験しているとか(shutterstock.com)

写真拡大

 2011年10月に全国公開された映画『ステキな金縛り』(三谷幸喜:監督)。「証人はただ一人、落武者幽霊!」。観た人なら覚えているだろう。落武者幽霊と三流弁護士が取っ組み合う法廷サスペンスコメディだ。

 ある殺人事件に首を突っ込んだ弁護士のエミ(深津絵里)。「犯行時は金縛りになっていたから、アリバイがある!」と無実を訴える被告人。エミはアリバイを立証しようと、被告人の上に乗っていた落武者幽霊の六兵衛(西田敏行)を法廷に引っ張り出し、尋問しようとするが......。

 落武者幽霊の金縛りとは笑わせるが、金縛りに襲われた張本人は笑ってはいられない。本人しか分からないのが金縛りの恐ろしさ。筆者の場合は運動で疲れて帰った中学生の時と、失恋と学生運動のジレンマで苦しんだ大学時代に遭遇した数回だけだ。

日本人の約半数が「金縛りの経験がある」

 18万629人を対象に行われたリサーチパネルの調査によれば、日本人の約半数が「金縛りの経験がある」と答えている。あなたも経験者だろうか?

 体が動かない、声が出ない、息が苦しい、耳鳴りがする、何かが胸の上に乗っている、「白い幽霊」が見える......。睡眠時の全身の脱力感と意識の覚醒が同時に起きる、それが金縛りだ。

 仰向けで寝ると、舌は気道に落ちるので、胸の圧迫感や首を絞められたような息苦しさ感じる。自律神経の活動が不安定になるため、心拍や呼吸が乱れる。意識ははっきりしているのに、体が強(こわ)ばる恐怖感と困惑に陥る。睡眠麻痺とも呼ぶ。

 そのルーツを辿れば、不動明王が持つ羂索(けんさく)の威力によって、敵や賊(煩悩)の身動きを奪う密教の金縛法(きんばくほう)とか。
入眠時幻覚が同時に起きる、それが金縛りの正体!

 なぜ金縛りが起きるのだろう? 睡眠にはレム睡眠(脳は醒め、体は眠っている)とノンレム睡眠(脳は眠り、体は醒めている)がある。金縛りは、夢を見ている眠りの浅いレム睡眠の時に急に目覚めると起きる。

 レム睡眠の時は、脳は活発に活動しているので、目は眼球運動を行い、夢を見ている。一方、体は活動を休止して骨格筋は弛緩しているので、脱力状態になって動けない。体がほとんど動けない睡眠麻痺と、「白い幽霊」が見える入眠時幻覚が同時に起きる、それが金縛りの正体だ。

 つまり、深い眠りのノンレム睡眠から入らず、浅い眠りのレム睡眠,から入ると、入眠のリズムとバランスが乱れるため、金縛りになりやすい。

そもそも、なぜ夢を見るのか?

 では、そもそも夢を見るのはなぜだろう? 神経生理学によれば、睡眠中は大脳皮質や辺縁系の活動水準が覚醒時に近い状態にあることから、外的・内的な刺激や興奮を受けると、認知・記憶・思考・判断を司る大脳から過去の記憶映像が再生され、記憶映像に合致した夢のストーリーが形成されると説明する。

 つまり、副交感神経や運動神経の末端から神経伝達物質のアセチルコリンが放出されると、骨格筋、心筋、内臓筋が収縮し、同時に視覚、聴覚、体性感覚(皮膚・筋肉・腱・関節・内臓)の感覚入力を大脳新皮質へ中継する視床が刺激されるので、レム睡眠が起きる。

 その結果、大脳皮質や辺縁系は、記憶を整理したり、嫌な出来事の記憶を緩和したり、現実不可能な体験を代償したり、緊急時のシミュレーションによって体験の免疫を作ったりしている。これが夢のメカニズムだ。

金縛りは脳の潜在的な生体抑制システム

 しかし、金縛りで見る夢(幻視)はまったく違う。見ているのは、金縛りになる直前の室内の風景、睡眠直前や睡眠直後の残像が多い。

 金縛りになった時、脳は何をしているのだろう?

 レム睡眠中は、脳幹から脊髄へ向かって脊髄の運動ニューロンを抑制する指令が送られるため、体は脱力状態に陥る。この時、深く関わっているのが、脳幹に含まれ、中脳と延髄をつなぐ橋(きょう)という部位だ。三叉神経、外転神経、顔面神経、聴神経など多くの脳神経が交差している橋は、大脳の視覚野に直結しているため、脊髄の運動ニューロンが抑制されると、体を動かす信号がブロックされるので、脱力状態になる。

 このように夢(幻視)と体が連動しないように巧みに働く脳の潜在的な生体抑制システム、それが金縛りだ。生体のリスクが高まらないように脳がブレーキをかけるホメオスタシス(恒常性)維持の機序とも言える。
金縛りになったら、目を左右に動かす、指を動かす、声を出す!

 金縛りにならないための予防策、なった時の対策は?

 金縛りになる原因は明らかだ。たとえば、ストレス過剰、夜更かしや朝寝坊が招く生活リズムの乱れをはじめ、強度の疲労感、睡眠不足、夜勤疲れ、時差ぼけなど枚挙に暇がない。予防対策は、これらを取り除くに他に手はない。

 つまり、規則正しい生活をする、過酷なジョギングや水泳などの有酸素運動を控える、アロマバスに入ってリラックスする、睡眠時間をしっかり取る、仰向けに寝ず横向きに寝る、抱き枕を抱く、ゆったりしたパジャマを着る、高すぎず低すぎない程よい高さの枕にする、重い布団を避ける、音楽でリラックスする、セロトニン、メラトニンなどのサプリも試すなど、すぐできることばかりだ。

 金縛りになったら、次のような対策が役立つかもしれない。

 まず落ち着く。過剰に反応すると、パニックから怖い夢(幻視)を見やすくなる→指先やつま先を揺さぶる。ほんの少しの動作でも脳に覚醒状態が伝わり、金縛りが解ける→目の瞬きを頻繁にしながら、目をグルグル動かす→唇や顔の筋肉を動かして、声を出す→息苦しさを感じたら、深く息を吸うことに集中する→好きな歌、ホビー、景色などを思い出して、数秒でもポジティブな気持ちを保つ→以上を金縛りが解けるまで繰り返す→金縛りが解除され、夢(幻視)も消える。

 長々と金縛りの蘊蓄を話してきた。金縛りに関連する疾患にナルコレプシー(過眠症)がある。

 ナルコレプシーは、睡眠や覚醒をコントロールする脳内ホルモンのオレキシンが減少するために、日中に強い眠気の発作が起きる脳疾患だ。思春期前後に発症しやすいが、30〜40歳代の発症もある。発症率は日本人の600人に1人。ナルコレプシー患者の4人に1人が金縛りになっている。週1回以上、金縛りが続くなら、心療内科、神経科、精神科などを受診しよう。

 さて、食欲の秋!秋の夜長の重要問題、金縛りなどどこ吹く風だ。美味を堪能したら、ぐっすりと眠ってほしい。
(文=編集部)