NHK 大河ドラマ「真田丸」(作:三谷幸喜/毎週日曜 総合テレビ午後8時 BSプレミアム 午後6時)
10月16日放送 第41回「入城」 演出:木村隆文


スリルとユーモアと冴えたアイデアで盛りに盛り上がった九度山脱出劇。
サブタイトルが2文字縛りだし、「脱出」だったら、ファーストガンダム最終回(43回)だったのに、「入城」でした。

三谷真田丸は伏線きっちり決めてきて、史実マニアにもきっちり応える脚本を書きながら、どこか必ず外すことも忘れない。そこがドラマの豊かさになっている。
ミステリーではないがミスリードみたいなことも随所に入れていて、41回もそんなところがあった。それは脱出劇に役立った「雁金踊り」である。ミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」(65年)のオマージュだとネットで話題沸騰だったこれには、まだまだ仕掛けがある。
それについて書きたいが、その前にきちんとストーリーをおさらいしておこう。

関ヶ原から14年。徳川と、秀吉の遺児・秀頼(中川大志)を擁立した豊臣との戦いがはじまろうとしていた。
大坂城には、元黒田家家臣の後藤又兵衛(哀川翔)や、毛利勝永(岡本健一)などが集まりつつあった。
真田幸村と名乗ることにした信繁(堺雅人)もいよいよ九度山を脱出する。
のんびり暮らしているようで、九度山は幽閉場所。勝手なことをしないように見張られている。とくに、家康(内野聖陽)が、真田昌幸(草刈正雄)に対するトラウマが抜けないため、幸村の存在を警戒していて、大坂に来ないように目を配るように命令したから、さあ大変。

徳川の目をかいくぐり九度山を出るための作戦は、11回「祝言」でも登場した宴会を利用するもの。酒の席で信濃名物であり真田家ゆかりだという「雁金踊り」を披露して、盛り上がりのうちに、秘密の行動をする。
11回では、こう(長野里美)が踊ることで時間を稼ぐ重要な役割を担った。41回の踊り手は、幸村、春(松岡茉優)、きり(長澤まさみ)、内記(中原丈雄)、佐助(藤井隆)の5人。彼らが踊りながらひとりまたひとりと席を外していく。ここが「サウンド・オブ・ミュージック」ふうとピンときた人が多かったよう。
邦画にも、歌や踊りを逃亡に使って印象的なものがある。黒澤明監督の「隠し砦の三悪人」(58年)だ。主人公たちが祭りの踊りに紛れ込んで敵の目を交わすこの作品は、黒澤が歌舞伎「勧進帳」を下敷きにしたもの。「勧進帳」は頼朝に追われる義経が弁慶と共に逃げる話で、タモリが赤塚不二夫の葬式で白紙の紙にもかかわらずさも何か読んでいるように振る舞ったのが「勧進帳」から来ていると言われている。
「真田丸」41回では、浅野家家臣・竹本義太夫(宮下誠)が幸村の作戦に気づくまえに「当家に代々伝わる“延年の舞”」を踊ると言い出すが、「勧進帳」には安宅の関所で弁慶が「延年の舞」を踊って義経を逃がすエピソードがある。坊主頭になった内記は僧である弁慶を思わせる。ちなみに弁慶は呂宋助左衛門を演じた松本幸四郎の当たり役でもある。
黒澤が「隠し砦〜」で「勧進帳」と「ローマの休日」を取り入れたのに対して、三谷は、「勧進帳」と「サウンド・オブ・ミュージック」を取り入れたのだ。


そもそも歌舞伎「勧進帳」は室町時代の能「安宅」を元にしているので、義太夫が幸村の策に気づいたのは「安宅」を知っていたからとも考えられ、いずれにしても、彼は芸事が好きそうというところで、やっぱり人形浄瑠璃の始祖の竹本義太夫となんらかの関わりがあるのでは? とミスリードされる。
なにしろ、後の1742年(寛保2年)に、雁金という名前のついた「男作五雁金」(かんたんに言ってしまうと5人のならず者の話)という作品が竹本座で初演されるとなれば、まさか浅野家家臣のほうの義太夫さんが、このとき見た5人の真田の家の者による踊りをモチーフに? なんて妄想が膨らむ。竹本座とは人形浄瑠璃のほうの竹本義太夫(2代目)がつくった芝居小屋である。

歴史ものは結末がわかっている分、ともすればすでに知っていることを追体験や確認するだけにもなりかねない。三谷幸喜はそれだけにしないで、もしかしてこんなことも? の可能性をつくり出す。
佐助とシリアス忍者バトルを繰り広げたのち、追い詰められて「我に策あり。全力で押し通る」と疾走した2代目服部半蔵(浜谷健司)のシーンも笑わせてもらったが、このとき半蔵に刀を抜く、幸村、内記、佐助がかっこよくて、こういうのがのちの「真田十勇士」伝説につながっていくのかなあなんて思う。坊主頭の内記は「勧進帳」を想起させるのみならず、三好清海入道もちょっと入っている? なんて妄想も。伝記ものっていうのは何がどう形を変えて伝わっているのかわからないのだから。


幸村に関しても、事実と異なる伝わり方をしはじめているように描かれている。
戦経験がほとんどない幸村が、秀頼に「じつを申せば徳川を討ち果たしたのはわたし。父は黙って見守っていました」なんてハッタリをかまし、信頼を勝ち得る。
家康も「大事なのはやつの父親が真田安房守だということ」「戦とはそういったことに左右されるものなのじゃ」と言って、いかにイメージ戦略がものを言うか語る。
史実で有名な、幸村が九度山に来てすっかり老け込んだと手紙に書いている件も、幸村が敵の目を欺くための変装ということで処理された。「真田丸」初期のわくわく冒険活劇が戻ってきた41回だった。
14年ぶりに茶々(竹内結子)とも再会し、ふたりの運命も再び動き出す。



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41回の名言


「ケガというものはさせたほうがより深く心に傷が残るものですから」

息子・信吉(広田亮平)が、稲(吉田羊)の息子・信政役(大山真志)と手合わせをしていてケガしてしまったとき、元祖雁金踊りのこうが発した言葉。うーん、深い。
その後、稲が、信吉を嫡男にすることを信之(大泉洋)に提案。こうがこれまで尽くしてくれたことへの礼だという。いろいろあったけれど、なんかいい感じ。

信之の 「立場が人を育てる」 も名言。経験から言っているに違いない。
(木俣冬)