写真提供:マイナビニュース

写真拡大

『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(15)で世界をうならせたJ・J・エイブラムス監督。J・Jは監督としても超一流だが、プロデューサーとしての目利きも秀逸だ。いまや"J・Jクオリティ"は業界のお墨付きで、それは彼が製作した『スター・トレック BEYOND』(公開中)を観ても大いにうなずける。今回J・Jがメガホンを託したのが、『ワイルド・スピード』シリーズのイケイケ監督、ジャスティン・リンだ。

本作のストーリーがこれまた大胆不敵な展開を見せる。『スター・トレック』の象徴とも言うべき宇宙船エンタープライズ号が、強敵によって見るも無残な形で撃破されてしまうのだ。さらに、カークたちクルーはバラバラにされ、いまだかつてない大ピンチに陥る。

『スター・トレック BEYOND』は『スター・トレック』シリーズ誕生50周年記念の映画ということで、ジャスティン・リン監督は相当の重責を担ったはずだ。しかし、決して守りに入らず、それどころか完全に攻めのイケイケ姿勢で挑み、シリーズの熱烈なファンであるトレッキーたちを驚嘆させた! その見事な手腕、いや肝っ玉は相当なものである。来日したジャスティン・リン監督にインタビューし、制作秘話を聞いた。

――J・J・エイブラムスから3作目のバトンを渡されたことでプレッシャーは感じましたか?

もちろん、ものすごいプレッシャーを感じました。50年も続く素晴らしいシリーズですし、そのエッセンスを大切にすると同時に、新しい世界を探検していくこともやってみたいと思い、そこがチャレンジのしどころでした。あまり時間もない中でアイデアを出し合い、撮影を敢行するということは大変でしたが、フィルムメーカーとしては良いプレッシャーだと思ったので、ある意味ラッキーなことでした。

実際に物理的な意味でチャレンジしたことはかなりあったと思います。でも、その大変さを、私たちは絆に変えていこうとみんなで努力していきました。

――J・J・エイブラムスとは初タッグとなりましたが、一緒に仕事をしてみていかがでしたか?

私はJ・Jの大ファンです。彼はたくさんの大作を手掛けていますが、すべて成功しています。すごくクリエイティブでありつつ、職人的なところもある。いつも一生懸命仕事をしていて、常に向上したいと思っている人です。J・Jは「大胆にやれ。自分の映画を作れ」と言って、すごく応援してくれました。そういうふうに言ってもらえたのは、信頼してもらえた証拠かなと思いました。

私は元々自分のクレジットカードで製作費を払うようなインディーズ映画を撮っていて、彼とは全く違うフィールドにいたわけですが、今回一緒に仕事をしてみて、ハリウッドでは珍しいほど素晴らしい人だと思いました。私たちがいつも考えていたのは、どうやって映画をより良いものにするかということでした。彼は常に正しいやり方で映画を作っています。だから私も将来的に彼のようになっていきたいです。

――今回俳優としての参加だけではなく共同脚本も手掛けたサイモン・ペッグとはどんなふうにコラボレートしていったのですか?

私はフィルムメーカーとしても俳優としてもサイモンのファンだったので、今回彼が脚本にも関わってくれたことは非常にありがたかったです。サイモンは天才ですが、人間的にもよくできた人です。サイモンも『スター・トレック』シリーズの大ファンで、キャラクターをよく知っているし、演じている役者さんのこともすごくよくわかっているので、今回は非常に助けてもらいました。

――監督も脚本段階から参加されていたのですか?

もちろんです。J・Jから電話をもらった時、まだ脚本は何もできていなかったんです。参加を決めてからすぐロンドンに飛び、サイモンと共同脚本のダグ・ユングに会いました。そこで「これまでのものを全部壊して、再構築する」というアイデアを提示しました。

そこからいろいろなことを準備しながら脚本を進めていった感じです。すごくタイトなスケジュールでしたが、各自が不平不満を言うのではなく、この映画を有機的なものにしようと務めました。目指したのは、まるで自分たちと同じように呼吸をして生きている人たちの映画でした。

――今回、エンタープライズ号をあそこまで大破させてしまうことに抵抗はなかったですか?

僕自身もすごく感情的になりました。なぜなら私はエンタープライズ号を見ながら育ってきたので。でも、このシリーズは50年も続いてきたから、ここでそろそろテーマや哲学を再構築しても良い時期なんじゃないかと考えたんです。それをするには、クルーをバラバラにすることが一番いいと思いました。そのために彼らを1つにつなげているエンタープライズ号を壊すことにしました。

実際にエンタープライズ号を壊滅させたことは軽々しく思っていないですし、むしろ重いことだと受け止めています。ただ、それぞれのクルーが自分なりの成長を遂げ、最後にまた1つになるのを見て、観客の方々が「『スター・トレック』のこういうところが好きだったんだ」と肯定できるような流れにしたいと思いました。

――アントン・イェルチンの急逝は本シリーズにおいて大きな損失だったと思います。彼との思い出を聞かせてください。

アントンと仕事ができた経験自体がかけがえのない贈り物だったと思います。彼は映画作りにおける正しいやり方を思い出させてくれました。それは「映画を作るというのは特別なことをやっているんだ」という自覚です。彼はそういう姿勢を常に忘れないでいた人でした。たとえ自分の生活に何かが起きたとしても、現場に来たらその瞬間は演技に集中しようという姿勢を常に保っていました。

アントンとセットにいる時はいつも楽しかったです。セリフが多かろうが少なかろうが、彼はいつもたくさんのアイデアをもちかけてくれました。映画作りの楽しさを体現してくれた人です。きっと彼と一緒に仕事をした人はみんな、絶対に彼のことを忘れないと思います。まだ私にとっては生々しいことで、彼がこの世にいないということ自体、信じられません。

――スポック・プライム役のレナード・ニモイさんも肺疾患で他界されました。劇中でスポック・プライムの功績を表するシーンも印象深かったです。

僕は、テレビシリーズでスポック役のレナード・ニモイをずっと観てきたので、彼が亡くなった時にああいう形で言及するのもいいかなと思いました。サイモンとダグと3人でお互いの目を見合って、ああいう形で彼を登場させることを決めました。あのシーンを挿入することで、これまでの50年間の神話的なキャラクターといえるスポック・プライムに対する敬意を表せるんじゃないかと思ったのです。

――あらためて『スター・トレック BEYOND』は、監督のキャリアにおいてどんな位置づけの作品になりましたか?

僕は、今回大きなボーナスをもらったと思いました。実は最初、やるつもりは全くなかったんです。J・Jから電話をもらった時、別の作品を作ろうと動いていたので。私が映画を作り始めた時は、誰もチャンスをくれなかったので、自分でチャンスを作るしかなかったんです。すなわち自分でお金を払って作るしかなかったということです。でも、今はいろんなチョイスが用意されているのでありがたいです。

『スター・トレック BEYOND』が監督できたことは、良い意味で“偉大な寄り道”ができたことだと思っています。ある種の道しるべみたいな作品になりました。僕は2001年に映画を作り始め、ちょうど10年前に初めての大作『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』(06)を東京で作りました。だから、今回また東京に来られたことはいろいろと感慨深いです。ある意味、その場所に戻ってこられたということで、自分の中の1つの章が終わったなと思いました。そして家に帰ったら、また次の章が始まる気がします。

■プロフィール
ジャスティン・リン
1971年10月11日台湾生まれ。映画監督、脚本家、プロデューサー。『Better Luck Tomorrow』(02)で監督デビュー。『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』(06)の監督に抜てきされ、以降『ワイルド・スピード MAX』(09) 、『ワイルド・スピード MEGA MAX』(11)、『ワイルド・スピード EURO MISSION』(13)と人気シリーズを手掛けていく。テレビシリーズでは『SCORPION/スコーピオン』(14〜)が好評を博した。
(c) 2016 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.STAR TREK and related marks are trademarks of CBS Studios Inc. 

(山崎伸子)