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 フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領の挑発的な暴言が物議を醸している。

 まず、ロドリゴ・ドゥテルテとはいったい何者なのか、興味を引かれる所である。ドゥテルテは人口140万人のダバオ市の市長を22年間務めた人物である。彼の市長としての業績で注目されるのは犯罪の著しい減少である。また、少数の先住民ルマドとイスラム社会の権利を認めたことも彼の業績である。(参照:『LA INFOMACION』)

 その一方で、市長時代は麻薬マフィアを始め犯罪組織に属した法を犯す者への人権は認めず、彼らを容赦なく徹底して取り締まった。それを見た市民は彼を映画の『ダーティ・ハリー』の主人公のごとく呼んでいたそうだ。

 この犯罪取締りについて、注目を集めているのは、フィリピンの上院諮問委員会にエドガー・マトバノという雇われ犯罪人が出席し、ドゥテルテが彼や他のメンバーに犯罪者を殺害するように指示を与え、1000人余りが亡くなったと供述したのである。(参照:『Listin Diario』)

 この諮問委員会の議長を務めているのはレイラ・デ・リマ上院議員で、マトバノはドゥテルテから彼女も殺害するように命令されていたことも供述に加えたのである。それは彼女が2009年にダバオ市で起きていた一連の殺害事件に当時の市長であるドゥテルテが関与しているのではないかという調査を進めていたことに関係していると見られている。

 今年6月にドゥテルテが対立候補を大差で破って大統領に就任すると、フィリピンの外交が一挙に180度転換するのである。フィリピンはスペイン統治から1898年に米国の支配下に入り、それが1946年まで続く。そして今日まで米国の忠実な同盟国となっている。それは、ドゥテルテから見れば国は貧困が続き、それは国家の主権のない植民地時代のままのように映っていたようだ。そこで、彼が大統領になると、マニラのビリャモール空軍基地での48周年行事の中で「(米国との)軍事関係を切るのではない。しかし、独立した外交政治を展開させて行くのだ」と述べて主権の回復を訴えたのである。また、別の機会では、「我々の国家の主権について真剣に話し合う時が来た」とも語った。(参照:『LA VANGUARDIA』)

「ダーティ・ハリー」のドゥテルテには外交儀礼は通用しないようである。それがオバマ大統領を批判する暴言となったりしている。そして、外交を表面的で、しかも単純な国家間の組み合わせでしか考えられないようだ。その具体例が、米軍がフィリピンの5か所の基地を利用できるようになった2014年にアキノ前大統領とオバマ大統領によって合意に結ばれた防衛協力強化協定(EDCA)をドゥテルテ大統領はあっさり反故にするかのような姿勢を取ったのである。そして、国家の主権と独立を守るために反米に転じて、中国そしてロシアとの関係強化に動いたのである。

 米外交問題評議会のメンバーのジョシュア・カーランジック氏は『El Confidencial電子紙』の取材に答えて、「フィリピンの軍事及び安全エスタブリッシュメントは極端に米国寄りであり、フィリピン外交の方向を変えることは許さない、と確信している」と語っている。(参照:『El Confidencial』)

 それを裏付けるかのようにフィリピンのデルフィン・ロレンザナ国防相は「米国との同盟のメリットについて充分に知らされていないようだ。近く、それを大統領に伝えるつもりだ」と述べている。

 大統領は警官と軍人への支援として<給与を3倍にする>ことを約束している。今も大統領の公式訪問の半分以上が軍事基地や警察署への訪問に充てているという。フィリピンはクーデターの起こり易い国である。ドゥテルテ大統領自身もそれを警戒しているようだ。そして、大統領を暗殺する計画もすでに練られているという噂もある。その意味でも軍部そして警察との接触を頻繁に保っていることが大事であるというのは大統領自身も熟知しているようである。ただ、軍部の一部では大統領が軍事外交に容易に方向転換しよとしている姿勢に不安を抱いているという。

 今後、中国そしてロシアとの関係を深めるようになると、米国はドゥテルテ政権の転覆に動くのは必至である。何故なら、フィリピンは米国にとってアジアにおける、日本、韓国と同様に最重要の国であるからである。レーガン大統領の政権下で財務長官補を務め、現在世界政治の分析では高く評価されているポール・クレイグ氏も<ドゥテルテ大統領が中国のフィールドに移ることは米国が許さないであろう>と指摘している。(参照:『Katehon』)

<文/白石和幸  photo by King Rodriguez/Presidential Communications Operation Office(CC0 PUblic Domain)>
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。