そうか、あの頃の子供は「社会の子供」だったのだ!

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■大人は子供に希望や理想の実現を託した

きっかけは「わんぱくでもいい。たくましく育ってほしい。」だった。

『日本のコピーベスト500』という書籍の編纂に携わった。遠い昔〜つい最近のコピーの中でも、綺羅、星の如き名作がリストとなって編集部から送られてくる。30数年もこの商売をやっていれば知らないものはひとつもない。(書けたらなあ)と憧れたものや、(書かれたか)と悔しがらせてくれたものの数々に、頼まれた仕事の一環とはいえ目が星である(ただのコピーファンになっている)。その中でいちばん気になった(と言うか引っかかった)コピーが先述の「わんぱくでもいい。たくましく育ってほしい。」だった。

1970年の丸大食品のハムのコピーである。確か森の中、親子がたき火でハムを焼いている。当時の庶民の台所では見たこともないような厚切りのハムに肉汁が滴っている。本来ならば懐かしい思いで眺めるはずのそのコピーが、違和感をもって気持ちに絡んできた。それは(なぜ一食品メーカーがよその子供の成長に関して、「わんぱくでもいい」などと他人の台所に踏み込んだメッセージを送るのか? ちょっと無責任じゃないか)ということだ。違和感と書いたが、しかし批難しているわけではない。件のメッセージがなぜ世に出たのかが不可思議だったのだ。そのモヤモヤのようなものを忘れるでもなく意識下にしまい込んでいたのだが、ある日電車に乗っている時、答えのようなものがポロンと出てきた。(そうか、あの頃の子供は「社会の子供」だったのだ!)

「わんぱくでもいい」がオンエアされた1970年、ぼくは小学3年生だった。みうらじゅんさん称する、万博少年である。その頃の子供はやんちゃをすると近所のおじさんに怒られて、いい子にしていると駄菓子屋のおばさんに頭をなでられた。街の住人のつながりも健在で、大人は行事にこぞって参加し、子供はコミュニティぐるみで育てられた。拡張して考えてみれば、社会全体が一人ひとりの子供のことを見つめていたとも言える(日清食品の提供で「ちびっ子のど自慢」というテレビ番組なんてのがあったな。よその子供の歌に縁もゆかりもない大人たちが拍手を送るのだ)。社会ぐるみで「社会の子供」の成長を喜びと感じていたのだと思う。その成長に社会の未来を託していたと言ってもいい。

1970年の頃は高度経済成長期を経て、「これまでの日本」と「これからの日本」をオーバーラップさせながら、新しい価値を模索していた時代。万国博覧会から数年のうちに札幌冬季オリンピック、日中国交正常化、沖縄返還と変化は続く。しかし個人の暮らしや社会のインフラ(具体的には、道路や鉄道や下水道や通信のようなもの)はまだ決して必要十分と言えるようなものではない(1970年のトイレの多くはポットン式で、夏の教室に冷房などあるはずもなく、新幹線は東海道しかなかった)。それゆえ労働=納税に励むことにも合理性があった。納税は社会に足りないものを、遠回りながらも叶えたからだ。不足は希望を呼ぶ。大人たちは子供たちに、自分たちの世代ではおそらくやり残しが出るであろう希望や理想の実現を託したのかも知れない。

■「その人/その場/その時」広告には賞味期限がある

「わんぱくでもいい。たくましく育ってほしい。」

だから丸大食品は、やはりまだ必要十分とは言えない当時の栄養面の充足を促すべく、ハムという良質のタンパク質の提供を通して「社会の子供」たちを見つめ、強いては社会の未来への意思を示したのだ。広告は多数を取りに行く経済行為である。消費者の認めてくれることしか訴求できないし、裏返せば消費者の欲しい価値を提案することに尽きるとも言える。1970年の日本社会は丸大食品の提案を受け入れた。そしてその広告キャンペーンは数年にわたり展開されることになる。

ぼくが感じた違和感は2016年の日本社会から見た1970年の価値観に他ならない。その40数年の間に「社会の子供」は「個人の子供」になった。道で泣いている子供に声をかけようとすれば通報されかねない世の中だ。「わんぱくでもいい」のコピーをそんな立ち位置から見ていた。そりゃ違和感も引っかかりもあるわな。

広告には賞味期限がある。「その人/その場/その時」にしか有効ではないのだ。例えば「2016年首都圏20、30歳代女性会社員」に有効なメッセージは、同じ「首都圏20、30歳代女性会社員」でも「1985年」と時を違えれば、同じ結果にはたどり着かない(逆もまた同じ)。どんなコピーも(それがどれだけ話題になろうとも)賞味期限を過ぎると広告経済的には無価値なものになる。ある社会に受け入れられたメッセージが、社会が変質すればその社会においては拒絶されることも異例ではない。前出の「日本のコピーベスト500」において第一位(異議なし)に選ばれた「おいしい生活。」(西武百貨店、1982)も同じこと。そのコピーで、2016年の百貨店でモノは売れまい。それは紛うことなき事実であり、その事実をある種の諦観をもって横目で見ながら仕事をしてきた(それがダンディズムであるとすら思い込み)。

しかしどうやらまだぼくの広告の見方が甘かったようだ。「売る」仕事を終えた広告は、次の仕事を始める(こっちは金にはならないが)。そんな広告を「読んで」みると、時代の有様も人間の営みも鮮やかに感じることができる。まさに「その人/その場/その時」のすべてを、時代を、社会を、人間を丸ごと凝縮しているかのようだ。ようだ、じゃない。そうなのだ。実に「広告をナメたらアカンよ」なのだ。

広告の話の最後に広告です。かようなことを書き連ねた本を出版いたしました。「男は黙ってサッポロビール」「そうだ 京都、行こう。」「おいしいものは、脂肪と糖でできている」など25のテーマで、広告から時代や社会や人間を及ばずながら論じております。題名はまさに上記の「広告をナメたらアカンよ」であります。

(コピーライター・関西大学社会学部教授 山本高史=文)