『人生に、引退なし』(村田兆治著・プレジデント社刊)

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■9回裏一死満塁。3人を出塁させたのは誰か?

今をさかのぼること37年前。広島カープがセリーグを制覇し、駒を進めた1979年の日本シリーズ。広島対近鉄の日本シリーズ第7戦でのこと。広島も近鉄も3勝同士、これで優勝が決まるという文字どおりの最終戦になっていた。

スコアは4対3のわずか1点差。広島のリードで9回裏、近鉄が最後の攻撃を迎えていた。反撃を開始した近鉄は一死満塁。一打出れば逆転のサヨナラ優勝という絶好のチャンス。追い上げてきた近鉄に、試合の流れは傾きつつあった。

広島の古葉竹識監督は、近鉄への流れを絶つべく、押さえのエースの江夏豊投手を投入していた。迎える打者は、いぶし銀の打撃を身上とする石渡茂選手。優勝の行方を左右する大勝負だ。

江夏がゆっくりとしたモーションから打者、石渡へ運命の一球を投じた。

石渡、スクイズ!

そう見えた瞬間、江夏は投げようとしていたカーブの握りで、そのままウエストし、大きくはずれる球を投げた。後に語り草になる、常識ではありえない奇跡の投球だった。ボールは、石渡のバットをかいくぐった。何度となくテレビでも放映されているから、プロ野球ファンならずともよくご存じの場面だろう。

だが、問題はここだ。

実は、今の記述には決定的な誤りがある。江夏は、9回裏のピンチに登場してきたような印象があるが、彼は7回裏からマウンドに立っているのだ。つまり、彼は絶対的なピンチを救援したのではなく、みずからのピッチングでノーアウト満塁というピンチを招いていた。

■「江夏はピンチに強い投手」というイメージ

おそらくその「事実」より、「奇跡の投球」だけがクローズアップされた「印象」の方が、人々の記憶に深く刻まれているのではないだろうか。極端に言えば、江夏の投球は、「みずから招いたピンチをしのいだだけ」のことだった。それが事実だ。しかし、その事実は、いつの間にか、「チームが招いた絶体絶命のピンチを救った」最高の投球という印象へと変わっていった。

それをきっかけに、「江夏はピンチに絶対的に強い投手」という印象がひとり歩きする。実際以上の印象を相手に与えることは勝負の世界では大事なことだ。ピンチで、江夏がマウンドに向かうと、相手チームは、押さえ込まれるかもしれないという嫌な予感がつきまとい始める。一方、味方は、江夏だからこのピンチも何とかしてくれるだろうと安心して守ることができるようになる。

その「印象」が、やがて実際の結果にも大きな影響を与えていくことになるのだ。そのようにプロにとって大事なのは、具体的な数字より、実際よりすごいと思わせる印象を、相手に植えつけることができるか否かなのだ。

※本記事は『人生に、引退なし』(村田兆治著)の内容に加筆修正したものです。

(プロ野球評論家・元ロッテオリオンズ投手 村田兆治=文)