加熱で酸化反応が内部まで進行した焼きリンゴ(撮影=筆者)

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 そのまま食べても、調理してもおいしいリンゴ。季節的には夏から翌年の春にかけて、旬の異なる品種が連続して市場に出るため、ほぼ1年中が旬の果物といえます。

 ただ、日本人になじみ深く、世界でもっとも多く栽培されている品種の「ふじ」は10月からが旬ですので、やはり私たちにとっては「今の季節から冬にかけての果物」という印象が強いと思います。

 高浜虚子に師事した大正時代の俳人で、俳句雑誌「ホトトギス」(ホトトギス社)の最盛期の中心人物である渡辺水巴(わたなべすいは)は、リンゴを

「歯にあてて 雪の香ふかき 林檎かな」

と詠みました。

 外国人はリンゴを食材として利用し、加熱して食べることも多いですが、日本人は生でかじることを好みます。リンゴをかじるシチュエーションは、俳句の世界では思いのほか多く詠まれています。リンゴをかじったときのほのかで品のいい香りは日本人の繊細な心を大きく揺さぶり、創作意欲を高める作用があるのかもしれません。

●リンゴの切断面が変色する理由と防止法

 さて、リンゴの困った特徴のひとつに、切った部分がすぐに褐変してしまう現象がありますが、これは非常に複雑な化学反応によるものです。

 リンゴの中にはベンゼン環が1個、または2個のフェノール化合物が含まれています。木になっているリンゴでは、フェノール化合物は細胞内に脂の膜で包まれた状態で保管されています。

 包丁でリンゴを切ることで切断面の細胞が壊れてしまうと、フェノール化合物の入った膜が破れて外へ流れ出します。すると、鉄が空気中でさびるように、フェノール化合物もさびてしまいます。化学的には、これを「酸化」といいます。

 フェノール化合物はもともと無色ですが、酸化すると黄色くなります。さらに、時間がたつと化合物同士が互いに引き寄せ合って大きな塊をつくり、光が通り抜けにくくなるため、黒っぽく見えるようになります。

 本来、この褐変はリンゴなりの自己防衛反応です。フェノールには細胞を傷つける働きがあるため、昆虫などにかじられて流出したフェノールが、化学防御機構として作用して昆虫の細胞を傷つけます。

 人間はバクバクと短い時間で一気に食べてしまうので、防御機構としてはあまり効果がありませんが、昆虫はリンゴを食べるのにも時間がかかるため、十分な忌避効果が発揮されます。

 さて、リンゴの褐変が酸化という化学反応であることがわかれば、反応を抑制することによって、褐変を防ぐことができそうです。よく知られているのは、切り口にレモンを塗ることです。

 実は、このリンゴの酸化は化学反応を加速する酵素によって、速やかに進行するようになっています。酵素は、pH(水素イオン指数)によって反応の速度が大きく変化します。

 リンゴのフェノール化合物を酸化させる酵素の場合、レモンの酸味で酵素を酸性にすると反応の速度が非常にゆっくりになるため、酸化の進行を抑えて褐変を防ぐことができます。

 一方、焼きリンゴは褐変した状態で供されるのが普通です。フェノール化合物の酸化反応は高温で特に速やかに進行するため、リンゴを焼くことによって内部まで反応が行き届き、全体が褐変します。

 高温での褐変を防ぐには、リンゴ全体を飴でコーティングするなどして、酸化反応に必要な空気(酸素)を遮断することです。そうすると、加熱しても生の色合いを保つことができます。

●ハロウィンのリンゴ飴で食中毒に?

 季節はちょうどハロウィンでもありますが、ちょっと気になる報告があります。2014年、ハロウィンのアメリカで、キャラメルでコーティングされたリンゴによって食中毒が発生、数十人が感染して7名が死亡するという事件がありました。

 米ウィスコンシン大学の研究によると、原因はリンゴ飴そのものではなく、その食べ方にあったようです。リンゴ飴に木製の柄を差し込んだときに、周辺環境に普通に存在する食中毒菌を柄と一緒にリンゴの中に押し込んでしまっていたのです。

 これによって、栄養豊富なリンゴ果汁が糖分豊富なキャラメルと混じり合い、さらに、お店が大量につくり置きしたり、お祭り騒ぎでかじりかけのまま歩き回ったりするなど、衛生環境のよくないところで長時間扱われたことなどの悪条件が重なり、食中毒菌の増殖が活発になったものと推察されました。

 ただ、菌の増殖には1〜2日を要するため、「その場で加工して売っているお店で購入する」「自宅に持ち帰っての保管は避け、その場で食べて、食べ残しは廃棄する」などの対策で、食中毒は簡単に防ぐことができます。そのため、過剰に心配することなく、すっかり日本に定着したハロウィンをリンゴ飴とともに楽しんでいただきたいものです。
(文=中西貴之/宇部興産株式会社 環境安全部製品安全グループ グループリーダー)