「新潮45」(新潮社)16年11月号

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「ミス慶應コンテスト」中止で明らかになった慶應義塾大学「広告学研究会」(以下、広研)を舞台にした集団レイプ事件が大きな波紋を呼んでいる。合宿所に呼び出した女子大生に男子学生5人がテキーラを飲ませ、そのなかの2人が強姦に及んだとされる今回の事件だが、本サイトではその背景に、エリートといわれる学生たちが女性を"モノ"扱いする女性蔑視、差別体質があると指摘した。だがもうひとつ、今年5月に最高学府の東京大学学生が起こした集団わいせつ事件をご記憶だろうか。

 5月10日深夜、東大のインカレサークル「誕生日研究会」のコンパが池袋の居酒屋で行われた。その場も乱痴気騒ぎだったが、問題はその後、男子学生のマンションでの二次会と称した飲み会だった。ここで5人の男子学生が1人の別の大学の女子大生を全裸にした上、割り箸で肛門をつつき、ドライヤーで陰部に熱風を当てたり、背中を強く叩くなどの暴行、わいせつ行為を行ったのだ。

 この事件は、逃げ出した女子大生の通報で5人が逮捕されたが、そのなかの1人は山谷えり子元国家公安委員長の親類だと報じられるなど、世間に大きな衝撃を与えた。その後、山谷氏の親類を含む2人は示談が成立し不起訴処分となったが、3人は起訴された。そしてこの東大集団わいせつ事件もまた、その背景に慶応レイプ事件と同様、いやそれ以上のエリート学生による下劣な女性蔑視が存在していた。

 現在発売中の「新潮45」(新潮社)16年11月号にはこの事件を詳細に取材したルポ「東大集団わいせつ事件 『アタマの悪い女子大生は性的対象』という人間の屑たち」が掲載されている。著者はこれまでも数々の事件裁判を傍聴しルポを発表してきた高橋ユキ氏だが、そこには東大生たちの歪んだエリート意識、そして女性蔑視の数々が描かれている。

 主犯格の東大4年生だったA(当時22歳)は、性的という以上にまるで"オモチャ"のように女子学生を扱った。ほかの4人の東大生たちもそれを諌めることなく、苦しむ川岸さん(仮名)を笑いながら見ていたという。

 そうして書くのもおぞましい行為の数々が行われたわけだが、さらに卑劣だったのが東大生たちの犯行動機だ。
 
 というのも、彼らは川岸さんをセックスができて面白がれる"ネタ"としてコンパに誘ったというのだ。コンパ参加者の1人で東大大学院修士1年生のB(当時23歳。暴行と強制わいせつで起訴)は、〈川岸さんを女性としてではなく、ネタ――面白がる対象として飲み会に誘い、オモチャのように弄び、嘲りの対象にしようとしていた〉という。

 実際、Bは裁判でもこんなことを語ったという。

〈私の女性観ですが、(近づいてくる女性は)個人的に私を好いてくれるのではなく、下心があって近づいてくるのではないかと。そういう人たちに対して苦手意識、軽視する気持ちがありました〉

 こうした女性蔑視の考えは、松本被告だけに限ったものではない。主犯格のAもまた9月5日の第2回公判でこう証言していた。

〈やはり自分の中で被害者を軽んじる気持ちが強かったことと、場の雰囲気で自分の行為が、許されるんじゃないかという甘い考えがあったと思います〉 

 自分たちは女性をオモチャにしても許されるし、最初からそのつもりだった。東大生の口から出た、人を人と思わぬ卑劣きわまりないこの言葉は、今回の事件を象徴するものだろう。

 さらに東大生である加害者らは、"学歴"によって女性たちをランク付けし扱いを変えるという、卑劣な差別をしていた。事件の現場となったマンションの住人で強制わいせつ罪だけで起訴された4年生のC(当時22歳)は被告人質問でこんな証言をしたという。

〈仲間の間で女性をモノ、性の対象として見て人格を蔑んでる考え方が根本的にあったと思う。大学に入学してサークルなどで他大学の子と接して、彼女らはアタマが悪いからとか、バカにして、いやらしい目でばかり見るようになり〉 

 記事には東大生男子が、女子を大学で差別し、頭が悪ければ悪いほど、人間としての価値が下がるなどという、身勝手な考えが記されている。例えば彼らのなかで上位とされる東京女子大や日本女子大は"カノジョ要員"、真面目なお茶の水女子大は"友達要員"、大妻女子は"コンパ要員""セックス要員"、そしてその他ランク外の大学は"ネタ枠"などと差別化していた。そんなグロテスクな選民意識で、被害者女性を侮蔑し、オモチャのように弄び、嘲った。

 事件の背景にあったこうした加害者たちのグロテスクな差別意識、選民意識を、その後、被害者女性もイヤというほど思い知らされたのだろう。学部生であるAとCとの示談の条件として"東大自主退学"を求めたことが明らかになっている。慶應集団レイプ事件の被害者が週刊誌に告発を決意したのも、自分は加害者に遭遇することを恐れてビクビクとしなくてはならないのに、一方で加害者たちはレイプに関し大学から何の処分もなく、学内で平然と学生生活を送っていることを挙げている。東大事件の被害者女性が退学を求めたのも決して理不尽な条件とは言えないだろう。しかし東大事件でも結局、AとCは自主退学を拒否し、示談にはいたらなかった。

 著者の高橋氏は、加害者たちが本気で反省しているのか疑問だとして、本サイトの取材に加害者たちのその後について、こう語った。

「5人のなかには、事件についてSNSで、さも自分が被害者であるかのような発言をしている者もいるし、事件後も相席屋(出会い系飲み屋)に通う者もいる。仕事を始めた者もいるが、いずれも反省という言葉の意味を深く考えているようには見えません。被害者の求める自主退学の条件をのめずに示談が不成立となり、起訴されたCについては、近しい関係者たちから『お尻をちょっと触っただけなのに』と同情するような声まであると聞きます。そうした思いは本人の中にも少なからずあったのではないか。そこには被害女性の気持ちを慮る姿勢はうかがえません。『彼女らは頭が悪いから、いやらしい目で見るようになった』と発言した公判のニュースが報じられてまもなく、Cはツイッターで『頭悪い発言むっちゃ押すやん』ともコメントしていたようだが、なぜこの発言が大きく報じられたのか、自身の発言の異様さがわかっていないのでしょう」

 9月20日、東京地裁においてAには懲役2年・執行猶予4年、Cは懲役1年6カ月・執行猶予3年の判決が下された。残るBに関しては10月25日に判決が下される予定だ。

 東大集団レイプ事件、そして慶應集団レイプ事件ともに、根底にある女性に対する差別意識。エリートたちに蔓延るこうした意識は、日本社会全体を覆うものではないことを祈るばかりだ。
(林グンマ)