アメリカ人は地球上で一番心配性な人たちかもしれません。米国国立精神保健研究所の研究によると、アメリカ人のうち5人に1人は不安障害だと診断されたことがあります。

アメリカの文化が、もっと幸せになる方法を探すのに執着するようになったことを考えれば、驚くべきことではありません。この幸せに対する執着は、ジャーナリストのRuth Whippmanが最近出版した本『America the Anxious: How Our Pursuit of Happiness Is Creating a Nation of Nervous Wrecks』でも書かれています。

この本の中でWhippmanは、アメリカの幸せのパラドクスについて調べています。アメリカは他国よりも幸福の追求にお金も時間もかけているにも関わらず、先進国の中で最も心配性で、幸福を感じていない国だとわかりました。

この本を読むことができない人のために、「Vice」のライターPeter MoskowitzのWhippmanへのインタビューから、いくつかの考察を紹介しましょう。幸せになろうと努力し続けているのに幸せになれそうもないのには、いくつか重要なポイントがあります。

幸せは計ることのできない目標


目標というのは、いくら稼ぎたいとか、この役職に出世したいというような、定量化できるものが多いですが、幸せというのはあまりにも主観的な物差しなので、達成しようとしても難しい目標です。「よし、これで幸せになった。今が幸せのピークだ。もう目標に向けてがんばらなくてもいい」と自分に言えるのが、実際にいつなのかわかりません。幸せであっても、まだ見ぬ次のレベルの幸せがあると思ってしまいます。

Whippmanはこのように語っていました。

幸せというのは、決して十分に手に入らないものなので、完璧な消費者製品と言えます。不景気であらゆる業界が崩壊したり行き詰まったりしても、幸せという産業は驚くほど回復力があります。本や、マインドフルネスのプロダクトや、ヨガマットなど、私たちは常にもっと幸せになるためのものを買うのです。


幸せを計るためのコンパスがずれている


私たちは、ソーシャルメディアで共有されている写真や思い出は、日常生活の中のほんの一部を明らかにしたものだとわかっています。子どもが癇癪を起こしていたり、ジャンクフードをやけ食いしているような写真はほとんど投稿しません。

それなのに、幸せな人が幸せな瞬間をFacebookやInstagramに共有しているのを見ると、心がザワザワします。自分は、他の人と同じくらい幸せではないと思いこんでしまうのです。Whippmanは「他人の編集された生活を見て、あまりにもすぐに不安になったり、自分のことが心配になったりしている」と言っています。


幸せは買うことができる"モノ"になった


もっと幸せになれる行動だけを追求したいのであれば、ヨガや瞑想をしたり、感謝の日記をつけたり、読書のような他人と関わらないことをした方がいいでしょう。こうした「自分と向き合う」行動をとると、自分の内面に目を向けやすくなります。

また、これらには「物理的に買える」という側面もあります。ヨガをするために10回一綴りのチケットを買う、瞑想アプリのサブスクリプションを購入する、Amazonで日記帳を買う等々...。「幸せは、他人の中に見出すのではなく、買えるものになったのだと思う」とWhippmanは指摘しています。


Why Our Nation's Pursuit of Happiness is Making Us Miserable|Inc.

Betsy Mikel(訳:的野裕子)
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