『ルパン三世』の初めての劇場映画『ルパン三世 ルパンVS複製人間』が、今夜の『金曜ロードSHOW』で放送される。公開されたのは今から37年前の1978年、先週放送された宮崎駿監督『ルパン三世 カリオストロの城』より1年先である。


公開時は79年の邦画としては9位となる配給収入9億円のヒットを記録。製作陣は公開3日後に第2作、つまり『カリオストロの城』のゴーサインを出したという(叶精二『宮崎駿全書』)。

『カリオストロの城』は多くの人に愛されている作品だが、一方、『ルパンVS複製人間』は“ルパンファンに愛されている作品”と言うことができるだろう。魅力的なキャラクター、スタイリッシュなアクション、アダルティーな描写、ブラックなユーモア、スリリングな展開、壮大な世界観などがギュッと詰め込まれた、実に『ルパン』らしい『ルパン』作品だ。
ここでは『ルパンVS複製人間』をさらに楽しむためのいくつかのポイントを記しておきたい。

1970年代のクローン事情


タイトルは「複製人間」と書いて「クローン」と読ませる。当時としては画期的だったクローン技術をモチーフにした物語だ。テーマ曲「ルパン三世’79」に乗せて、細胞核の移植と細胞が分裂して胎児になっていく受精卵クローンの様子を描いたクール極まりないオープニング映像が観客の度肝を抜いた。

映画が公開された78年は世界初の体外受精が成功した年であり、当時“試験管ベビー”という言葉が流行語になった。同時にクローン技術の話題も盛んになり、78年にはクローンをテーマにした映画『ブラジルから来た少年』が公開されている。また、『複製人間クローンマスター』というTVムービーも同年に製作された。つまり、クローンが世界的に旬の話題だったのだ。

なお、昨年、綾瀬はるか主演でドラマ化されたカズオイシグロの『わたしを離さないで』もクローンをテーマにした物語である。日本一有名なクローンは『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイだろう。

不二子のセクシーシーンにビックリ


『カリオストロの城』のヒロインはクラリスだが、『ルパンVS複製人間』のヒロインはまごうことなく“謎の女”峰不二子である。『ルパン三世』で不二子がヒロインを務めた作品は実は多くはない。その分、『ルパンVS複製人間』は不二子の魅力が存分に楽しめる作品になっている。

とにかくセクシー、とにかくグラマー。登場シーンからすでに全裸で、すぐさまシャワーシーンと運びに隙がない。全裸にレザーのツナギを着てバイクを駆る姿は、『あの胸にもういちど』のマリアンヌ・フェイスフルが元ネタ。

ボロボロになった不二子がルパンの前に現れて、「あなたを追っているのはフリンチという男よ。彼、サディストだったの」と言うシーンがある。初めてテレビ放映で見たとき、まだ小学生だった筆者は「サディスト」という言葉を聞いても「?」マークしか浮かばなかったが、すぐさま拘束された不二子が鞭打たれて悲鳴をあげるシーンが映し出され、ドギマギするとともに、なんとなく言葉の意味もわかったような気がした。よくお茶の間で流したものである。

徹頭徹尾、不二子が欲望の対象として描かれているが、したたかな不二子が男たち(ルパンとマモー)を手玉にとる。それでこそ不二子だと思う。

豪華すぎるゲストたち



ルパンを追い詰める最強の敵・マモーを演じたのは俳優の西村晃。『水戸黄門』の二代目黄門様として知られているが、それ以前は冷徹な悪役のイメージが強かった。今村昌平監督作品の常連出演者でもある。自ら“神”を名乗る万能ぶりと不二子の浴室に覗きカメラを仕掛ける小物ぶりを同時に表現できる稀有な存在だった。

また、“国民的歌手”の三波春夫、『天才バカボン』『おそ松くん』の作者・赤塚不二夫、『巨人の星』『あしたのジョー』の原作者・梶原一騎が声優として特別出演している。
『天才バカボン』も『巨人の星』も『ルパン三世』と同じく東京ムービー(現トムス・エンタテインメント)の作品であり、同社社長の藤岡豊と昵懇であったことから招かれた。また、三波春夫はエンディングテーマの「ルパン音頭」も歌唱している。

「ルパン音頭」は藤岡が独断で採用した演出だったが、監督の吉川惣司は「ルパンの世界観にそぐわない」と反発。ついには監督を降板する直前までの騒動に発展したという(『大塚康生インタビュー アニメーション縦横無尽』)。

東京オリンピックと万国博覧会のテーマソングを歌っていた国民的歌手の三波こそ、『ルパン三世』の記念すべき最初の映画にふさわしいと藤岡が考えたのだろう。東京ムービーとしては『ルパンVS複製人間』が初めての単独での劇場公開作(それまでは「東宝チャンピオンまつり」の併映作のみ)であり、藤岡が暴走してしまったようだ。
ただ、「ルパン音頭」の異様なスケール感とただならぬノンキさは、この作品のエンディングを飾るのにふさわしいと思う。

監督の吉川惣司ってどんな人?



『カリオストロの城』の宮崎駿監督は有名だが、『ルパンVS複製人間』の吉川惣司監督とはどのような人物なのだろうか?

吉川は高校2年生のときに手塚治虫率いる虫プロに入り、すぐさま『鉄腕アトム』にあにメーターとして参加したというキャリアを持つ。その後、杉井ギサブロー(『銀河鉄道の夜』『タッチ』)、出崎統(『あしたのジョー』『ガンバの冒険』)らと行動をともにし、『あしたのジョー』や『天才バカボン』などの演出、『ルパン三世』第1シリーズなどの絵コンテを手がけている。

『ルパンVS複製人間』が公開されたのが31歳のときだから、その早熟ぶり、天才ぶりがうかがい知れる。ストーリーは日活のアクション映画や鈴木清順作品で活躍した脚本家の大和屋竺(『ルパン三世』にも参加していた)と吉川が2人でアイデア出しとプロット作りを行い、最終的に吉川が1人で脚本の形にした。大和屋の大ファンだった吉川は、尊敬の念を込めて脚本を共同クレジットにしている。

脚本家としても活躍し、サンライズのロボットアニメにも数多くの脚本を提供。『戦闘メカ ザブングル』では当初監督が予定されていたが、吉川が多忙のために降板、富野由悠季が代わりを務めたというエピソードがある。『装甲騎兵ボトムズ』ではメインライターとして物語に深く関わっているが、後に吉川はインタビューで、『ボトムズ』は『ルパンVS複製人間』でやり残したことがやりたかったと語っている。

「権力から離れた所に主人公がいて、一方では権力を牛耳ろうという人間がいる。両方とも、観念でそうしているだけで、現実の勢力――たとえば、国家なんかにはかなわない」

これはルパン、マモー、そしてアメリカということだろう。

ルパンの「夢」とは一体何か?



ここから先はネタバレです。38年前の映画ですが、一応言っておきます。

『ルパンVS複製人間』屈指の名場面といえば、不二子をさらわれたルパンがマモーに最終決戦を挑もうとするが、相棒の次元がそれを止めようとするシーンだろう。1人で歩き出すルパンの足元をマグナムで撃って次元が叫ぶ。

「行くな、ルパン!」
「俺は、夢、盗まれたからな。取り返しに行かにゃ」
「夢ってのは女のことか?」
「実際クラシックだよ、お前ってやつぁ」

このシーンでルパンが語っている「夢」とは何なのか、何がルパンの動機になっていたのか、一見ではわかりにくいかもしれない。「夢=不二子」のように考えてしまいがちなのだが、ここで語られている「夢」がルパンという存在そのものを読み解く鍵になっている。

ヒントは、マモーがルパンを捕まえて、ルパンの頭の中を調べるシーンにある。ルパンの意識の中にあったのは不二子をはじめとする女性の裸体と銭形警部ばかりで、さらに意識の真相にはまったく何もない“虚無”だった。驚愕したマモーはこう叫ぶ。

「なんということだ! ルパンは夢を見ない! 空間! 虚無! それは白痴の、あるいは神の意識に他ならない!」

“神”を名乗る自分を否定するルパンが、自分よりも“神”に近い存在だった! マモーは激昂し、ルパンを殺そうとする――。

ルパンとは非常に難しいキャラクターである。アニメ評論家の藤津亮太は、ルパンは「ドラマを担うような複雑な内面を持っていない」と指摘している(「藤津亮太のアニメの門V」)。スリルや刺激的なことのために盗みを働く大泥棒。あるいは事件に巻き込まれたり、誰かを助けたりするために活躍する稀代のアクションスター。しかし、ルパン自身が成長したり、大きく変化したりすることはない。だからドラマが生まれにくいのだ。

もう一つ、ルパンがアクションを起こす動機になるのが「プライド」である。たとえば、『カリオストロの城』では偽札をつかまされたルパンがカリオストロ公国に乗り込むことを決意するが、これは偽札の原盤を奪いに行くためではなく、偽札をつかまされたことでプライドを傷つけられたことがルパンの動機になっているのだ(若い頃、カリオストロ公国に忍び込んで返り討ちに遭ったことも関係している)。

以前、『BSアニメ夜話』という番組で、評論家の唐沢俊一が「『カリオストロの城』はストーリーに整合性がない」と述べていた。冒頭で盛大に偽札を捨てたのに、ルパンにとって何の価値もないはずの偽札をカリオストロ公国に奪いに行くのはおかしい、という論旨だったが、ここにはルパンがプライドで動くという視点が抜け落ちている。

『ルパンVS複製人間』に話を戻そう。専門誌『アニメスタイル』編集長の小黒祐一郎は、不二子をさらったマモーの行動が「ルパンの自信を打ち砕く」ためのものだと指摘している(WEBアニメスタイル「アニメ様の七転八倒」)。

ルパンの前に現れたマモーは自分がクローン人間であることと、一万年前から人類の歴史に介入してきたことを明かし、今生きているお前は自分が作ったクローンかもしれないとルパンに告げる。

「たわむれに作った君のコピーはどうしたのかね? 処刑されたのはあるいはオリジナルのほうだったかもしれない」
「バッキャロー、俺は俺だ、ルパン三世だぞ!」
「よく考えてみることだ。ハハハハ…」

さらに不二子を連れ去り、巨大地震を起こして街を一つ壊滅させてしまうマモー。マモーの脅威に次元は心が折れてしまうが、ルパンはマモーに反撃を誓う。それが「夢、盗まれたからな」のシーンにつながっていく。

ルパンは神の存在を否定し、永遠の命も欲しがらない男である。なぜそんなことができるのというと、彼は現実世界ですでに「スーパーヒーロー」(劇中にスーパーマンやバットマンと肩を組んでいる新聞紙面が登場する。また、「Super Hero」という挿入歌も存在する)であり、欲しいものはすべて自分で手に入れることができるからだ。ルパンはきわめて現実的な男であり、だからこそ彼の頭の中には「現実的な欲望」と「虚無」しかない。しかし、その現実が「自分はクローンではないか」という疑いのせいで揺らいでしまった。

小黒は「自分自身の存在が、彼の“夢”を実現したものだったのだ」「自分がルパン三世である事を証明するために、マモーと対決する」と指摘している。ルパンがマモーに奪われた“夢”とは、自分自身の存在であり、現実であり、プライドであり、自信だった。それこそが『ルパン三世』の物語と、ルパン三世というキャラクターの本質だということなのである。

ルパンの本質を描ききった『ルパンVS複製人間』、今夜21時から。お見逃しなく。
(大山くまお)