Vorreiter der Motorentechnologie: Maybach Zeppelin DS 8 mit der goldenden „12“ als Signet seines V12-Aggregates. ;

Pioneer of engine technology: Maybach Zeppelin DS 8 with the golden “12” as an emblem of its V12 power unit.;

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もともとは独立したメーカーだった

少し前まで、マイバッハは独立した超高級サルーンのブランドとして、メルセデスベンツからリリースされていた。

さすがに高価すぎたようで、独立したマイバッハブランドは廃止。現在はメルセデス・マイバッハというブランド名になり、Sクラスのグレードのような展開となった。マイバッハはもともとは人の名前であり、独立したメーカーでもあった。もちろんドイツ人である。

ダイムラーベンツと呼ばれることがあるが、このダイムラーというのも人の名前。メルセデスベンツのルーツはふたつあるひとつが、直接の創業者であるカール・ベンツである。

そしてもうひとつがライバルであったゴットリーブ・ダイムラーだ。ダイムラーベンツはここから来ている。

そしてダイムラーの相棒だったのが、ヴィルヘルム・マイバッハだ。

ダイムラーが本拠地としたのは現在、メルセデス・ベンツの本社があるシュトゥットガルトであり、じつは同じ時期にガソリンを使ったエンジン開発を進めていた。実際にガソリンエンジンの特許を取得したのは1885年のことで、こちらのほうが早かったりする。

また馬車に補助的に付けたのもベンツの自動車に先んじていた。少々無理があるが、この馬車を世界初のエンジンを積んだ4輪車として、ガソリン自動車を発明したのはダイムラーだという意見もある。

ヴィルヘルム・マイバッハはダイムラーのもとでエンジン開発を担当していたのだが、1909年にはダイムラー社を去り、息子のカールと自らの会社を設立する。

これはツェッペリン伯爵のための設立であり、ツェッペリン伯爵とはあの飛行船のツェッペリン号を開発した人物。これにはマイバッハが作り上げたエンジンが積まれていた。1920年代以降は車体も手がけていたが、第二次世界大戦前にはエンジンに特化。戦車のエンジンなども多く手がけていた。

戦後になって、カール・マイバッハが亡くなると、すでに合併していたダイムラーベンツ傘下になり、MTUという内燃機メーカーへと発展した。

現在メルセデス・マイバッハとして名前が復活しているのは、車体も作っていたころの超高級車メーカーのイメージを復活させたものだ。

(文:近藤暁史/写真:DAIMLER)