by sid

昼から夕方の6時間労働がクリエイティブな仕事には重要」など、仕事において人がアイデアを出し、イノベーションを起こすために必要なものについては色んな説があります。一方で、「仕事」ではなく「仕事場」において重要なのは個人の資質ではなく、「心理的安全性」であると説いているのが世界で最も影響力のあるビジネス思想家に選ばれている世界的な経営学者Amy Edmondson教授。Edmondson教授はスピーチフォーラムのTEDで、心理的安全性がないとどのような事態を招くのか、そして職場が心理的安全性を得るにはどうすればいいのかを語っています。

Building a psychologically safe workplace: Amy Edmondson at TEDxHGSE - YouTube

Edmondson教授が語ったのは、まず以下の3つのエピソード。

「ある都会のせわしない病院で、夜勤をしていた1人の看護師が、ある患者に対する投薬量が多いことに気づきました。看護師は担当医に電話で確認しようかと一瞬迷いましたが、そのすぐ後に、以前担当医に電話した時にけなされたことを思い出し、電話することをやめました。また、ある若い軍パイロットも上司が重大なミスをしているかもしれない、ということに気づきましたが、上司に何かを発言することを思いとどまりました。そしてナースやパイロットとは少し立場が違いますが、ある成功した企業に就任した役員が、1つの計画を受け継いだ時に、計画に熱狂している社員を前に『何も言わなかった』というエピソードもあります。これら3つのエピソードに共通しているのは、『職場で声が必要とされていない』ということです」

Edmondson教授が長年にわたって取り組んでいるのは、「なぜこのような状態が生まれるのか?」を解決すること。



3つのエピソードに出てくるような「人が発言することをやめること」の原因は非常に単純で、「職場で、無知で無能で押しつけがましくてネガティブな人に見られるのが楽しみでたまらない!」とわくわくしながら朝起きる人など存在しないためだ、と語るEdmondson教授。多くの人が、自分のことを賢明で役に立ちポジティブな人だと思われたいと願っています。



自分を無知で無能な人に見せないための解決策は非常に簡単。つまり、無知だと思われないためには「質問をしない」、無能だと思われないためには「間違いや弱点を認めない」、押しつけがましいと思われないためには「アイデアを出さない」、ネガティブだと思われないためには「現状を批判しない」というような行動を取ればよいのです。



「Self Impression Management(自己印象操作)」と呼ばれる上記の方法は、実際のところ、自分を守るためには有効です。そのため、学校を卒業し、社会で働き出すと人は多かれ少なかれ自己印象操作を行います。ただ、自己印象操作は、人が学ぶ機会を奪い、イノベーションを起こさなくなり、アイデアを出さず、無意識のうちに「よい組織を作り出す」ということよりも「自分の印象を操作」するということに集中するようになる、ということが問題です。電話をしない看護師や、声をあげないパイロット、何も言わない役員などが、その例となっています。



幸いなことに、従業員が仕事上で対人関係のリスクをとったり物事を学んだりすることに前向きな職場もあります。これらの職場をEdmondson教授は「心理的な安全性(Psychological safety)のある職場」と呼びます。そしてこの心理的な安全性がある職場かどうかは「懸念・疑問・アイデア・ミスなどを声に出しても大丈夫だ」という信頼があるかどうかで決まります。



Edmondson教授が「心理的な安全性」の重要さに気づいたのは、専門治療を行う病院における医療過誤の頻度の調査に参加した時。看護師と医師から構成される調査チームでは人為的ミスによる調剤過誤のデータを集めており、その中でのEdmondson教授の役割は「病院内のチームをよくするためにはどうすればいいか?」を明らかにすることでした。そこで、Edmondson教授はチームの効率性を測るための標準的な調査を実施。調査を担当する看護師に、2つの病院に属する複数の医療チームを6カ月間、数日ごとに訪れるよう伝えました。



これが実際に集めた医療過誤の数。調査の対象となったのは「MEMORIAL(記念病院)」と「UNIVERSITY(大学病院)」で、病院の各チームに分けて医療過誤の数をカウントしたところ、薬剤に関する過誤が最も多かったのは「MEMORIAL 1」、少なかったのは「MEMORIAL 3」となっています。



調査当初、Edmondson教授は「いいチームは過誤の報告数が少ない」という予想を抱いていましたが、調査結果を分析したところ、当初の予想とは全く逆の「いいチームほど過誤を報告する」ということが判明したとのこと。このことから、「よいチームであるほど医師と看護師の間でダブルチェックが行われ、過誤についての話し合いが行われている」のだとEdmondson教授は考えました。



そこでEdmondson教授は若い研究アシスタントを病院のチームに送り込み、チームの実情をチェックしてもらいました。このとき、病院に送り込まれた研究アシスタントは各チームの過誤の頻度や、チームの評価、Edmondson教授の仮説などを知らず、先入観を持たない状態でした。そして、各チームの状態について注意深く学んでもらったところ、研究アシスタントは最終的に「『何をしたがるか』『何をするか』ということが、チームによって全く異なります。過誤について言えば、あるチームは共に働いているメンバーがミスを減らすために常に話しあい、新しい方法を見つけていました」と語ったとのこと。

そして研究アシスタントが各チームを「開かれた雰囲気」という基準で評価したところ、以下のような表が完成。以下のリストは上から順に開かれた雰囲気がある、つまり心理的な安全性が高いチームになっています。過誤の報告数が前後している部分もありますが、大まかに見ると「ミスの報告が多いほど心理的安全性が高い」ということが示されています。



では、心理的安全性が高いチームとはどのように作るのでしょうか?



まず重要なのは、仕事において、自分たちがこれまで経験したことのない「不確実なこと」や「人々が頼り合って行うこと」が山ほどあるということを明確にし、職場の全員の考えや声が必要であるという前提を形作ること。



次に、「人はミスを犯す」と認めること。ミスをした時に部下から「ミスをしました」という言葉を素直に聞ける雰囲気を作ると、チームのメンバーはより安心して声を上げられるようになります。そして、チームのメンバーにたくさん質問することも、チーム内の「声」を生み出すには必要なことです。

これらのシンプルな3原則が、組織の崩壊を避け、心理的安全性の高い仕事場を作り出しますが、Edmondson教授がチームのマネージャーらにこれを話すと、彼らは「ミスを報告しやすくなると各人の仕事に対する責任感がなくなり、仕事の質が落ちるのではないか?」と心配するとのこと。



しかし、Edmondson教授は仕事のパフォーマンスに関して「心理的安全性」と「モチベーション&責任」は別の指標であり、「心理的安全性が確保されたら責任感がなくなる」といった関係ではないと説明しています。



つまり、仕事における責任が少なく、また心理的安全性も低いと人は「無関心ゾーン」に属することなり、責任が少なく心理的安全性が高いと人は「心地よいゾーン」に属します。一方で、責任感やモチベーションが高いのに心理的安全性が低いと人は「不安ゾーン」に突入してしまうとのこと。チームマネージャーが最も危惧すべきなのは、「よい仕事をするための責任」ばかりを重視して、互いに話し合うことを怠り、その結果、人々がこの不安ゾーンに入ってしまうことであるとEdmondson教授は語ります。



つまり、モチベーションや責任感は心理的安全性とは別もので、両者が高まった時に人は学習し、イノベーションを起こせるような「高パフォーマンスゾーン」に属するわけです。現実の職場は複雑で相互依存的なものであり、簡単に状況を改善できるものではありませんが、人々が一丸となって挑戦しがいのある仕事にうちこむことで、学びがあり、やりがいのある仕事場を作れるようになるとEdmondson教授は語りました。