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芸術の秋。時間を見つけては映画館に通う日々なのだが、今年はとくに邦画の良作が豊富で、その中でも、先週10月14日(金)から封切りになったところの『永い言い訳』が素晴らしく、今も余韻に浸っている。
http://nagai-iiwake.com/


前作『夢売るふたり』から4年ぶりに西川美和監督がメガホンを撮ったのは、第153回直木三十五賞候補にもなった自著を原作とした作品だ。西川監督の作品はかなり初期からのファンなので、公開記念舞台挨拶つきの上映を鑑賞してきた。

本作は、不慮の事故で妻を亡くした小説家の夫が、同じく事故の犠牲となった妻の親友の
家族と出会い、交流を深めていく中で、いかに再生していくか、というストーリー。
……と言ってしまうと何だかとっても「イイ話」のようだが、かなり辛辣で、心の深いところまでえぐられてしまった。

『そして父になる』『海街diary』などを手がけた是枝裕和監督に師事していたことでも知られている西川監督は日常的な会話や情景描写に定評があるが、今回も人間の醜さ、浅ましさ、愚かさなどをこれでもかというくらい見せつけてきて、鑑賞後は「もう立てない……」とまさにパンチドランカー状態になった筆者である。

本木雅弘さん演じる主人公、衣笠幸夫と深津絵里さん演じる妻の夏子は20年来の付き合いで、子どものいない夫婦。お互い仕事でも成功を収めた2人は都会的で自立した関係に見えるが、その仲は冷え切っている。

友人とスキー旅行に行くという夏子の交友関係もろくに把握せず、妻の留守中に愛人を自宅に連れ込む幸夫は、翌朝妻が亡くなったことを知る。

自らの意志で子どもを持たなかったと公言し、妻の葬儀でも泣けなかった幸夫が、それまで話したこともなかった妻の友人の夫・陽一と、その二人の子どもと触れ合うようになる動機とその根拠についてはハッキリとは分からなかった。

中学受験を視野に入れた男の子と、まだ小学校にも上がらない女の子のきょうだい二人を男親ひとりで見る困難に心から寄り添いたいと思ったのか、それとも現実を直視できない後ろめたさによるものなのか、亡き妻に対するせめてもの償いなのか、はたまたそのいずれでもないのか。

この作品が投げかけるメッセージを突き詰めると行きつくのは、

「今ある幸せを受け入れよう、身近にいる人を大切にしよう」

というごくシンプルなことかもしれない。

しかしこれがめちゃくちゃ普通でありきたりに見えて、問題はそれが自分の意志だけでどうにかできるわけではないということだ。

せっかく一緒になったのに悪態ばかりをつく関係になることもあるし、どれだけ愛していても不慮の事故で引き裂かれることもある。

結婚しているか、していないか、子どもがいるか、いないか、どっちがいいとかいう問題ではなくて、「自分にとってこれが幸せだ」と思う状況でさえ、永遠に続くとは限らない。

口では簡単に「当たり前の幸せを大切に」なんて殊勝なことも言えるけど、すぐにそれを忘れてしまうし、簡単なことでその意志も揺らいでしまうものだ。10年後が、1年後が、もっと言ったら30分後だって何が起こるか分からないのだから。

最初のうちは何事も斜に構えてニヒルを気取っている幸夫のことも、「クズだな……」と俯瞰で見ていたのだが、皮肉を言って醜態を晒す様は決して他人事と割り切れるものでもなく、自分にとって何が大事なのか、今まで目を背けていたことに向き合わざるを得なくなった結果なのかもしれないと思うと、自分の心のうちを映し出しているようにも取れるのだった。ただし、幸夫のこの醜態がかなりこたえるので、何度「もう勘弁してください……」と叫びそうになったことか。

しかし、上映前の舞台挨拶で、本木雅弘さんが西川監督から受けたという言葉が鑑賞時のいたたまれなさを回収してくれた。

本木さんいわく、この役を演じるのはまるで自分の恥を晒しているような感覚があったらしい。それに対して西川監督は、「恥をかいている人間に対して、周りは存外寛大なものだ。だからその恥の十字架を背負って丘を登っていきましょう」という主旨のメッセージを返したとのことだった。

何だか素敵な言葉だな、と思っていたのだが、こちらまでが恥ずかしくなるようなみっともない姿もどこか愛おしく思えたのは、その優しい視線を感じたからかもしれない。

妻に先立たれて悲しみにくれる陽一もまた泣いてばかりだし、生きていくって何もかもが恥ずかしいのかもしれないなと感じたのだった。

独身の西川監督は、「子どもの演出が分からなくて、師匠である是枝監督の手法を取り入れたけど、最初のうちは全然うまくいかなかった」と苦労話を語っていたが、出来上がった作品は子どものリアリティ溢れる演技が活き活きと伝わってきた。

思春期にさしかかり、ちょっと難しいお年頃になってきた長男・真平を演じた藤田健心くんも、繊細な演技が素晴らしかったけど、白鳥玉季ちゃんが演じる「あーちゃん」こと、灯ちゃんのグズったりダダをこねたりする姿が、わが娘に重なりすぎて、幾度となく涙が出た。

乳幼児を持つママパパには共感しすぎるあまり、ちょっと消耗するところもあるけれど、観て損はないはず。

ちなみに本作品、イタリアのローマ国際映画祭で上映されることとなり、西川監督と本木雅弘さんは招待を受け現地に行ってきますとのこと。至極日本的な情景を描いている作品だけど、きっと世界中で評価を受けるんじゃないかな、と勝手に期待している。

映画『永い言い訳』公式サイト
http://nagai-iiwake.com/

真貝 友香(しんがい ゆか)真貝 友香(しんがい ゆか)
ソフトウェア開発職、携帯向け音楽配信事業にて社内SEを経験した後、マーケティング業務に従事。高校生からOLまで女性をターゲットにしたリサーチをメインに調査・分析業務を行う。現在は夫・2012年12月生まれの娘と都内在住。