極私的! 月報・青学陸上部 第13回
■出雲駅伝回顧・後編


 出雲駅伝は3区を終わって首位東海大、2位は青学だった。
 
 4区スタート地点、エース級の下田裕太(3年)がなかなかやってこない。茂木亮太(4年)は「おかしいな」と思っていたという。

「下田はずっと調子がよかったんで、とんとんで来るか、離れてもラストスパートぐらいの差かなって思っていたんです。でも、予定より少し離れてしまった。ただ、個人的には焦りはなく、できるだけ差を詰めて安藤(悠哉・4年)にいい形でつなげたいと思っていました」
 
 茂木は追い風の中、スピードをグングン上げた。もともとスピードに定評がある選手で 長距離以上に中距離が得意。駅伝は1年の時、5区を走った全日本大学駅伝以来だ。ここまで駅伝に絡んでこられなかったのは毎年、夏前に故障し、夏合宿に参加することができなかったからだ。だが、ケアに時間をかけ、細心の注意を払うようになると、今年は春を乗り切り、夏季合宿もすべてのメニューをこなした。「天才肌」と原監督に称されるスピードに磨きがかかり、駅伝復活を果たした。

「監督は、たぶん僕と安藤のところを心配していたと思います。駅伝が1年の時以来でしたし、単独で走れるのかというのもあったと思うんで。ただ、僕自身は単独で走ることに不安とかはなかったですし、余裕をもって走ろうと思っていました」

 3年間雌伏の時を過ごしたパワーが4区での走りで爆発した。徐々に東海大・川端千都(かずと・3年)との差を詰め、3kmで23秒差あったタイム差を13秒まで縮めた。東海大を完全に視界にとらえたが、そこからなかなか差が詰まらない。残り2kmの時点で茂木自身もかなりキツくなっていた。

「(前を行く)東海大との差は気になりましたが、自分が一番気になっていたのは(後ろの)山梨との差でした。一色(恭志・4年)のところ(6区)までに最低40秒は離そうという話をチームのみんなとしていたんです。ただ、自分のところで差が縮んでいるのか、広がっているのか、よくわからなかった。ゴールした後、縮まっていなかったのを聞いて安心しました」
 
 2位でフィニッシュした茂木だが、東海大の差が縮まり、山梨学院大との差は44秒に開いた。3区で悪い方に傾き始めた流れを茂木が取り戻したのである。

 5区、安藤キャプテンは落ち着いて茂木を待っていた。

「本来、走るべき梶谷がケガをしてしまい、僕に順番が回ってきたと思うんです。梶谷からは『頑張ってください』と言われたし、『男を見せないと』と思いました。個人的には夏合宿にしっかり練習ができて調子がよかったですし、精神的にもいい状態でスタートラインに立てました。ただ、11秒差は正直、結構遠いなって思いました」

 襷を受けた安藤は、起伏のある直線コースをグイグイ走り、2.7km地点で首位の東海 大・三上嵩に3秒差まで詰めた。ここからふたりの心理戦ともいうべき駆け引きが始まった。安藤が少し前に出ると三上は離れずについていく。6km地点では三上がスパートするが安藤は襷を外し、握り締めて前に出た。抜きつ抜かれつで、出雲駅伝の歴史に残るデッドヒートを演じたのだ。

「後半、東海大との差が詰まってからなかなか抜けなかった。相手も粘っていたし、自分もキツかった。最後、相手よりも少し前に出た時に襷を外しました。襷を握ると力が出るかなって思ったからです。残り300mぐらい で一色の姿が見えて『よしっ』と思ったし、襷を握ったおかげで腕が振れた。最後の力を振り絞って走ることができました」
 
 安藤と三上は最後まで競り合った。

「こいっ!」

 アンカーの一色の声が響く。
 
 安藤の勝ちたい気持ちが強かった分、一色に襷が先に届いた。

「よしっ!」
 
 一色の気合いの言葉が聞こえた。

 安藤は17分43秒の区間新記録で首位を奪い返した。そして、東海大に2秒差、さらに山梨学院大に1分もの大差をつけた。茂木&安藤の4年生コンビが最後の出雲で、大きな仕事をやってのけたのである。

 ゴール地点の出雲ドームには1区を走った鈴木塁人(たかと)、2区で区間賞を取った田村和希が戻ってきた。田村和はレース後、十分にクールダウンしているはずだが、継続してストレッチをしている。大学駅伝は出雲で終わるのではなく、箱根までシーズンは続く。そこまで故障せず、疲労を回復させ、レースを走れる体を維持しないといけない。そのために身体へのケアに余念がないのだ。

 鈴木は安藤の激走をとらえたテレビに釘づけになり、微動だにしなかった。

「安藤さんの走りを見て、ウルウルきてしまいました。すごいです、4年生は。自分も初めての出雲で、本当ならスリーベースぐらいは打ちたかったけど......うーん、内野安打ですね。悔しいですけど、苦しいなりにまとめられたので、ちょっとホッとしています」

 鈴木とのやりとりを聞いていた田村和がツッコミを入れる。

「今日の塁人は神ってなかったな。ふつうの好走だよ(笑)」
 
 出雲駅伝で原監督が考えた青学のキャッチフレーズは「神ってる青山大作戦」だった。広島カープの優勝になぞらえて考えたものだが、田村和の言葉を聞いた鈴木は「ほんと、ふつうでした」と苦笑した。

 田村和が続ける。

「レース前、塁人には『レースを楽しめ。3、4年になったら責任が重くなる。楽しめるのは1年の時だけだから。1位じゃなくても俺と下田で頑張るから』って言いました」

 鈴木は、「その言葉で粘れました」とホッとした笑顔を見せた。

 1区で他大学に差を付けることはできず5位に終わったが、それは原監督の想定の範囲内だった。ただ、鈴木にとっては初の大学駅伝で他大学のトップランナーと走ったことで得るものがあったはずだし、ポテンシャルの高さも見せた。

「箱根の1区を走ることが僕の目標です。今回の走りではまだまだ通用しないですが、このキツさを感じながら走れたことはすごくいい経験になりました。この経験を生かして、次の全日本ではスリーベース、箱根ではホームランを打ちたいですね」
 
 鈴木は、そういうと視線をまたテレビに向けた。小さな画面の中には一色が東海大と優勝争いをしていた。

 6区、出雲駅伝はアンカー勝負になった。 

 安藤から首位で襷を受けた一色は、しばらく東海大のアンカー湊谷春紀(2年)と並走していた。途中、山梨学院大のドミニク・ニャイロ(2年)が最初の600mでタイム差を10秒縮めたというアナウンスが流れたが、1分の差はそう簡単に埋められるものではない。

「安藤が襷を渡してくれるところにテレビが置いてあったんです。(安藤が)三上と競り合って1回2位になって、なんとか最後の粘りを見せてくれって思っていたんです。スタートラインに立つと安藤がトップで入ってきたのが見えて、『あっ、こいつやってくれたな』って思いましたね。タイムも山梨を離してくれたので、周囲の応援もありましたけど、それがあったのでラクに走れました」

 一色は冷静だった。相手の出方を伺いつつ、出雲大社の前の下りにさしかかると一気に前に出た。そこからスピードを上げ、東海大を突き放した。

 出雲大社からは単独走になった。沿道の応援を受け、自分のペースで走れば、ニャイロに抜かれることはない。ゴールの白い出雲ドームが見えてきた。いろんな思いがこみ上げてきた。

 2時間10分09秒、出雲駅伝2連覇を達成。 

 最大のライバル山梨学院大に31秒差をつけての快勝だった。
 
 歓喜のゴールをした時、どんなポーズを取ったのか忘れてしまった。それほどレースに集中し、疲労困憊だったのだ。呼吸を整えて、気持ちを落ち着かせた。すぐにテレビのインタビューで壇上に上がった。優勝の感想を聞かれると、思わず涙が溢れた。

「最後まで気が抜けないレースだったのでホッとしたのもありますが、4、5区で茂木と安藤の4年生が快走してくれたし、最後の出雲で4年生と一緒に走れた。優勝は自分たちが勝ち取ったという思いが強かったので、うれしさがキャパオーバーして涙してしまいました」

 春から安藤が故障で走れず、秋山雄飛の調子も上がらない。「史上最強」と称された昨年の4年生と比較され、原監督から「4年生しっかりしろ」と叱咤された時もあった。そんな中、一色は大会で結果を出し続けた。4年生の復活を待ち続け、それが出雲で報われた。一色の涙は、苦しんだ同期の姿を知るからこそ溢れたものだったのだ。

 表彰式が終わり、出雲市の青学OBとの写真撮影が終わると選手は多くのファンに囲まれた。それを満足そうに見つめる原監督に、出雲優勝の要因について聞いた。

「まず田村が駅伝走りをしてくれた。そして、4年生が4、5、6区でまとめてくれた。茂木がやられていたら勝利がなかったという状況で、逆に(トップとの差を)11秒に縮めてくれた。ここが大きかったですし、いけるなって思いました。そして、安藤の走りが神っていた。キャプテンとして精神的にたくましくなった姿を見せてくれたし、一色は自分の力を十二分に発揮してくれた。大学スポーツはやっぱり4年生を中心のチームが強いんですよ」

 見ていて思ったのは、青学の総合力の高さとアンカーの強さだ。最後のアンカーに絶対的なエースが君臨している強みは、レースを組み立てる際の軸となり、それまでの区間を走る選手の精神的な支えにもなる。

「最後に一色さんがいるんで」

 3区までの鈴木、田村和、下田の下級生たちの言葉が、それを示している。もちろん、選手個々の能力の高さもあり、原監督のレース展開の読みから選手を配置した策も当たった。ただ、他大学と競りながらも、どこか余裕があったのはやはり一色というアンカーの存在が大きかったからだ。
 
 また、今回の出雲は大学の勢力図が変わりつつあることを示した。

 伝統と実力のある東洋大が9位、早稲田大が8位、駒沢大が5位に終わった。東洋大は酒井俊幸監督になって3大駅伝はすべて5位内だっただけに、今回の9位は惨敗と言えるだろう。距離が長くなる全日本、そして箱根で挽回できるか。

 逆に山梨学院大はスピード駅伝で「怖さ」を見せた。アンカーのニャイロが2年で、あと2回出雲を走れることになる。距離が長くなると全体の総力は落ちるが、「山梨学院大強し」の印象を残した。

 そして今回、出雲を沸かせたのが東海大である。1、2、3区まで1年生が走り、2位、2位、首位と抜群の安定感と強さを見せた。青学大と最後まで優勝争いをするなど着実に力をつけている。

 原監督も警戒しないといけないと語る。

「今回のレースは山梨に強力アンカーがいるので、山梨を意識した展開になった。最終的には総合力で勝てたけど、全体の力が上がってくると強力なライバルになる。東海は、かなり手強い相手になりそうです。1年生トリオが2位、2位、首位ときて、5区の三上も強かった。ここで勝たれたら、相当自信をつけたと思うんで、叩いておいてよかったですが、関くんを始め1年生がいいですからね。これからは青学と東海の2強の時代になるかもしれない」

 ひととおり話を終えると、ファンが待ってましたとばかり写真やサインを求める。一番人気なのは原監督だが、ひとつひとつ丁寧に対応している。「ファンあっての駅伝」という意識を強く持ち、行動している指導者は果たしてどのくらいいるだろうか。

「もう、そろそろ帰ります」

 小関一輝マネージャーが大きな声で叫ぶ。選手はリュックを背負い、移動する。
 
 下田が「はぁ」とため息をついた。

 「一色さん、僕のせいで感極まらせてしまった。でも、今回はほんと4年生に助けてもらったなぁ。4年生が本当に強かった。4年生にありがとうです」

 下田は控えめな笑顔でそういった。自分の走りができなかったが、そこに暗さはない。鈴木もそうだった。一色が優勝インタビューで泣いた後も「あれ、あれ〜」と茶化して笑いに変えていく明るさがある。

「それが青学なんです。青学の強さです」

 原監督はそう笑った。青学らしい出雲駅伝2連覇達成だった。

佐藤 俊●文 text by Sato Shun