極私的! 月報・青学陸上部  第12回
■出雲駅伝回顧・前編


4区、茂木亮太(4年)が襷(たすき)を握り、スピードを速めた。

 5区の安藤悠哉(4年)が手を振る。
 
 茂木は先頭を走る東海大の川端千都(かずと/3年)と23秒あったタイム差を11秒に縮めて安藤に襷を渡した。ここで3位の山梨学院大との差は40秒に開いた。

「勝ったな」
 
 原晋監督は東海大ではなく、山梨学院大との差と安藤の背中を見て、優勝を確信した。

   *      *      *

 第28回出雲全日本大学選抜駅伝競争当日、午前6時、ホテルの前でいつものように青トレが始まった。気温12℃、冷たい空気の中、鈴木塁人(たかと/1年)の掛け声が響く。20分程度で終わると、各自ジョグで方々に散っていった。1区を任された鈴木塁は「よく寝られました」と笑顔で軽快な走りを見せている。

 出雲駅伝は全長45.1kmと距離が短く、スピード駅伝と称され、1区、3区、6区が重要だと言われている。青学の1区は最初、田村和希(3年)か梶谷瑠哉(2年)だと思っていた。田村は夏合宿から調子がよく、梶谷も絶好調だった。だが、大会前に梶谷が故障。これにより1区は田村和、そして鈴木は箱根駅伝では1区候補と原監督から指名を受けていたが、出雲は初めての大学駅伝なので、もう少しラクな2区で走ると予想していた。しかし、本番前日の出走オーダー表を見て、驚いた。

 1区(8.0km) :鈴木塁人(1年)
 2区(5.8km) :田村和希(3年)
 3区(8.5km) :下田裕太(3年)
 4区(6.2km) :茂木亮太(4年)
 5区(6.4km) :安藤悠哉(4年)
 6区(10.2km) :一色恭志(4年)

 鈴木が1区になっていたのだ。

 世田谷記録会の翌日(2日)のミーティングで最終的なメンバーを決定したが、原監督は鈴木の1区起用とレース展開について、こう語った。

「私の頭の中では梶谷と鈴木が1区候補だった。でも、梶谷がケガで落ちたからね。鈴木は春からずっと調子がいいのもあるけど、おそらく1区は区間賞を取ってもそんなに差がつかない。団子状態でいくだろうし、その中でも鈴木は落ち着いて走れる。粘り強くついていって2区の田村和、3区の下田で一気に突き放すという狙いです」

 出雲駅伝は箱根駅伝のように距離が長くないので競り合いになる。気になるのは他大学だが、原監督が一番に脅威に感じていたのは山梨学院大学だった。

「出雲駅伝で勝負にこだわるチームはアンカーを見ればわかります。山梨のアンカーはドミニク・ニャイロでしょ。最後はニャイロとの勝負になるのでアンカーの一色にくるまでに何秒離せるか。少なくても45秒、1分程度 離すと勝てるけど、30秒だと危ない。

 東海は1区・2区・3区に1年生を並べて勢いがある。でも、アンカーを見て山梨ほど、怖さがなくなった。アンカーに関(颯人/1年)が来たらかなり危なかったけどね」
 
 原監督の予想は山梨学院との一騎打ち、アンカー勝負だ。

「まぁ、みんなコンディションがいいし、今日はやるよ」

 早朝ゆえにトーンは低いが、その声は自信に満ちていた。 
 
 小関一輝マネージャーと伊藤雅一マネージャーはスタッフとミーティングしている。1区から6区までアップ用の黒マット、バランスボールや着替えなど必要なものと各区間で選手をサポートする人の名前を紙に書き、確認していく。

「準備を抜かりなくやることが、僕らの本番でもあります」

 選手を支える側の戦いは、もうすでに始まっているのだ。

 13時05分、気温20.5℃、湿度68%、快晴の中、出雲駅伝がスタートした。
 
 1区の鈴木は穏やかな表情で最初の下りを降りていく。時々、腕時計と周辺の選手を確認しながら1km2分40秒ペース、団子状態の中で進んでいった。

「監督には、『誰が出ても中途半端に追っかけるな。俺たちの相手は山梨と東海だ。ここらをマークし、特に山梨との差が何秒になるのかを考えて走りなさい』と言われたので、それを意識しながら走っていました」
 
 4kmの通過タイムは11分44秒、昨年よりも30秒近く遅いタイムだ。ここから東洋大の櫻岡駿(4年)がペースを上げた。この時、鈴木は「かなりキツかった」という。7kmを越えると表情がさらに歪んだ。

「苦しかったですけど、粘るしかなかったです。これで区間10位とかで終わったら、先輩に合わす顔がなかったので」

 鈴木は首位の日体大に遅れること10秒、山梨学院大には7秒の差をつけられて5位でフィニッシュした。

 2区、田村和がいつも通りの走りで快調に飛ばす。2km地点で首位・東海大の舘澤亨次(1年)に5秒差まで詰め寄った。コンディションはよかったが、苦しめられたのが出雲に吹く強風だった。

「もともと風が強いところで、それは想定していたんですが、もう横からの風が強くて神立橋のところが一番スゴかった。その後の正面からの爆風もヤバかった。これが追い風だったら、ここで差がついたのにと思っていました」

 昨年、田村和は出雲に出場できなかった。今年は故障もなく、夏季合宿を無事に乗り切り、調子が上がっていた。そして、出雲の切符を手にした。夏季に鍛えられた力強い走りは爆風をモノともせず、2.5km付近で首位の東海大をとらえると、そのままトップに立った。だが、東海大は田村和の背中に吸い付くように離れなかった。

「ピッタリとうしろについていましたね。風よけに使いやがって(笑)と思っていたけど、相手が本当に粘り強かった」

 残り600mになり、田村和が足を速めた。 ラストスパートという意識はなかったが、気がつくと舘澤が離れており、そこで思い切ってスパートに切り替えた。田村和は2区を首位で通過。東海大に3秒差、山梨学院大には23秒差をつけた。

「あとは下田の調子がいいんで、トップを走って山梨にプラス15秒ぐらい差をつけてくれる、そう思っていました」

 田村は完璧に自分の仕事を全うした。2区までは原監督の読み通りに進んだのである。
 
 3区はエース区間と言われ、各大学の実力者がズラリと顔を並べている。東洋大は服部弾馬(4年)、順天堂大は塩尻和也(4年)、東海大は若きエースの関だ。

 首位で襷を受けた下田は、序盤やや突っ込んだ走りを見せた。いつもは冷静に自分のペースを守って走るタイプだが、山梨学院大とのタイム差を気にしたのか、それとも関の走りを気にしていたのか。

「最初、突っ込んだのは僕が2分40秒ペースでいくと、関くんが2分40秒を切るペースでくることになる。それで後半、(彼が)足にきて離せると思ったら、離されたのは僕のほうだった」
 
 2.6km付近で関にかわされると、下田はついていけなかった。

 これは大きな驚きだった。下田は春先からフォームの改造に着手したが、夏合宿でようやくしっくり走れるようになり、9月の妙高高原合宿では弱まっていたコア(体幹)を使った走りもできるようになった。出雲駅伝10日前の世田谷記録会では5000mを走り、自己ベストを更新。万全の状態で出雲に入ったのだが......。 

 前を走る関の姿が遠くなっていく中、下田は頭を切り替えたという。

「もう関くんが強くて完全にかなわないと思ったんで、東海大にどれだけ粘ってついていけるか。あと、途中で山梨と30秒差と言われたんで、それを伸ばすというよりもどれだけ詰められないようにすべきか。できるだけ山梨を離して4年生に託したい。それだけを思って走っていました」

 関は24分50秒の区間トップで首位を獲得し、下田に23秒の差をつけた。
 
 下田はゴールすると、何度も首をひねった。なぜ、ダメだったのか、わからない。自問自答しているように見えた。ただ、幸いなことに青学と山梨学院の差は1秒増えて24秒差になっていた。

「迷惑かけましたね。昨年は3大駅伝の最初だから緊張したのかなと思っていたんです。今回も前日、寝て30分ぐらいで起きて12時過ぎまで寝られなくて、やっぱり緊張していました。朝の練習の時は調子がよかったんで、いけるかなって思ったんですけど、まだまだ弱いですね。どっか浮ついている感があってダメでした。みんなには申し訳ないのと悔しさでいっぱいです」 

 下田の表情から生気が消えていた。順位を下げ、山梨学院大にプラス15秒を加算するというノルマを達成できなかった。そして、自分の走りで勢いをつけられなかった。

(つづく)

佐藤 俊●文 text by Sato Shun