新しいものを生み出す際には、必ずと言っていいほど何がしかの抵抗に直面することになる。既存の生活や概念を覆すものであれば、なおさらである。今や世界に名を轟かせる日本発の発明品の数々も、最初は「こんなものは売れない」と嘲笑されたのだ。(イメージ写真提供:123RF)

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 新しいものを生み出す際には、必ずと言っていいほど何がしかの抵抗に直面することになる。既存の生活や概念を覆すものであれば、なおさらである。今や世界に名を轟かせる日本発の発明品の数々も、最初は「こんなものは売れない」と嘲笑されたのだ。

 中国メディア・今日頭条は14日、台湾出身の日本人・安藤百福氏が発明したと言われるインスタントラーメンも、そのアイデアを最初に出した際には相手にされなかったとする記事を掲載した。

 記事は、終戦直後の食糧難に陥っていた日本において、政府が米国から流れてくる小麦粉でパンを作ることを奨励したと紹介。これに対して安藤氏は、作り方が簡単で、なおかつ、湯気が濛々と立つ魅力を持つラーメンやうどんなどの麺を奨励するよう当時の厚生省に請願を出したと説明した。

 これに対し、厚生省は可もなく不可もないといった反応で茶を濁したとし、その後自分の力でインスタントラーメンの研究を重ねた安藤氏が、終戦から13年が経過した1958年に、ついに世界初のインスタントラーメンとなる「チキンラーメン」を誕生させたと伝えている。

 その時は周囲の人々から理解されなかったとしても、自らの信念と情熱によって新しいものを生み出そうとする精神。それこそ、安藤氏のストーリーが、イノベーションを声高に叫んでいる中国国内の製造業に示す大きな「教え」の1つと言えそうだ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)