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男性から中絶費用として20万円を受け取ったけれど、手術直前に気が変わって出産ーー。「出産の事実を知った彼から返金を求められたけれど、支払うべきですか?」という相談が、弁護士ドットコムの法律相談コーナーに投稿されました。

ことの発端は今から2年前。20代の女性A子さんは、「妊娠したら責任取るよ」という言葉を信じ、酔った勢いでB男さんという男性と1度、肉体関係を持ちました。その結果、A子さんは妊娠。しかし、B男さんに妊娠を告げると「5年付き合っている彼女がいる」「彼女と結婚しようと思ってる」と打ち明けられ、中絶してほしいと頼まれました。A子さんは承諾し、B男さんから中絶費用20万円を受け取りました。

ところが手術当日、エコーでお腹の子供を見ているうちに、A子さんはどうしても中絶できなくなり、結局、B男さんに内緒で出産します。そのとき、A子さんは、C男さんという男性と結婚していたため、生まれた子どもはC男さんの子として認知されました。

その後、A子さんはC男さんと離婚しました。しかし出産から2年がたった最近、SNSへの投稿で、B男さんに子どもの存在を気づかれてしまいます。どこからどうみてもB男さん似の顔立ちと、子どもの年齢を根拠に、B男さんは自分の子どもだと確信。「あの時の子産んだのか?」「中絶してないのならあの時渡した20万返金してほしい。返金しないのなら詐欺罪で訴える」とA子さんにメッセージを送ってきたのだそうです。

A子さんは、B男さんと話し合った時点ではたしかに中絶するつもりでいたので、詐欺ではないと考えていますが、B男さんに中絶費用を返す義務はあるのでしょうか? また、A子さんは子どもの生物学上の父親であるB男さんに養育費を請求したいと考えているようですが、そんなことができるのでしょうか。伊賀恵弁護士に聞きました。

Q. 中絶費用を返す義務はある?

まず、B男さんはA子さんを「詐欺罪で訴える」と言っているとのことですが、今回のケースは詐欺罪にはあたらないと考えます。詐欺罪が成立するためには、お金をだまし取るという行為が必要です。しかし、A子さんはB男さんと話し合った当時、本当に中絶する気持ちがあったからお金を受け取ったのであり、お金をだまし取ったわけではありません。

ただし、中絶費用を返還する義務を負う可能性はあるでしょう。返還義務があるかどうかを判断するポイントは、お金を渡したときのA子さんとB男さんの合意内容です。

具体的に考えてみましょう。仮に、中絶することを条件にB男さんがA子さんにお金を渡すことを提案し、A子さんが受け取ったのであれば、「停止条件付贈与契約」が成立したと考えられます。これは、お金をもらう側が、約束した条件を果たした時に成立する契約です。A子さんは実際に中絶せず出産していますから、条件は不成立となり、出産した時からお金を返還する義務が発生しています。

ただ、債権は10年の消滅時効が成立しますので、出産した後10年が経過すれば、返還義務はなくなります(民法167条1項)。気をつけたいのは、時効は「時効制度を利用します」(時効援用)という気持ちを相手に伝えなければ効果が確定しないということです(民法145条)。

ですから、A子さんはB男さんに対して、時効援用の意思を書面にし内容証明郵便で伝えておけば、返還義務はありません。

一方、中絶することも含め男女間の紛争を解決するため、いわば「手切れ金」としてB男さんがお金を渡すことを提案し、A子さんが受け取ったのであれば、慰謝料として示談契約が成立したと考えられますので、返還義務はありません。

当時のA子さんとB男さんの合意内容を判断することは難しいですが、裁判では、契約書や、契約書がなければお金を渡すときにA子さんとB男さんとの間でどういった話し合いがされたのか、メールのやりとりや交際から交際解消の経緯などの事実から判断されるでしょう。

Q. B男さんに養育費を請求できる?

養育費を請求するには認知が必要で、認知には手続きが必要です。A子さんは、B男さんとの間にできた子を出産した時はすでに、C男さんと結婚していたということです。C男さんとの結婚から200日を経過した後に出産していた場合、その子は、C男さんの子と推定され、C男さんの嫡出子となります(民法772条)。

一方、C男さんとの結婚から200日以内にA子さんが出産していたならば、C男さんの子とは推定されませんが、婚姻後、C男さんが認知をすれば、夫の嫡出子となります(民法789条)。

いずれも、子の扶養義務はC男さんが負うので、B男さんにすぐ養育費を請求できるわけではありません。しかし、C男さんが、「親子関係がない」として嫡出否認の訴えなどをした場合、子の嫡出子たる身分はなくなります。

その後、A子さんがB男さんに任意で認知をしてもらうか、認知の訴えをするなどして認知が認められれば、子はB男さんの非嫡出子となり、B男さんには子の扶養義務が生じます(民法877条)。そこで、A子さんはB男さんに養育費の請求ができるのです。

Q. 「責任取る」と言ったのに...B男さんに慰謝料を請求できる?

B男さんはA子さんに「妊娠したら責任取るよ」と言っていたにもかかわらず、A子さんの妊娠が分かると中絶を要求してきたということです。こうしたB男さんの裏切りに対して、A子さんは慰謝料を請求できる可能性があります。

「妊娠したら責任取るよ」というB男さんの言葉は、一見すると、プロポーズとも受け取ることができます。しかし、男女間の交際では、サービストークで結婚話などを持ち出すことも当然予想されますので、プロポーズと即断することは難しいでしょう。

ただ、B男さんの言葉だけでなく、A子さんとB男さんが交際期間中、結婚式会場を予約したり、婚約指輪を交換したり、両親に結婚相手として紹介するなどしていれば、結婚の約束、つまり婚約が成立したとみなされる可能性もあります。

その場合、「他に彼女がいるので中絶してほしい」というB男さんの依頼は、正当な理由なしに婚約を解消するものと考えられ、婚約不履行による慰謝料請求が認められると思われます。今回のケースでは妊娠までしており、A子さんが被った精神的身体的苦痛は大きいため、慰謝料は通常よりも増額される可能性があるでしょう。

一方、婚約が成立していないと思われる場合はどうでしょうか。A子さんは合意での性交渉の結果妊娠し、合意の上でいったん中絶することになりました。性交渉にも中絶にも合意している以上、慰謝料の請求は難しいかとも思われます。

しかし、合意による性交渉の結果妊娠し、合意で中絶手術を行った男女間においても、男性が中絶か出産か悩んでいる女性との話し合いをせず、女性の不利益を軽減・解消するために十分な行為をしていないことは不法行為を構成するべきだとして、慰謝料を認めた判例もあります(東京高等裁判所平成21年10月5日判決)。

今回のケースでも、合意による性交渉の結果妊娠したA子さんに対して、B男さんは「彼女がいるから中絶をしてほしい」と言うだけで、A子さんとの話し合いを十分にせず、不利益を軽減・解消するために十分な行為をしていないとも考えられます。慰謝料が認められる余地はあるでしょう。 慰謝料の金額は50〜100万円程度と比較的低額にとどまることが多い傾向にあります。また、慰謝料請求権は、損害及び加害者を知ったときから3年の消滅時効にかかりますので注意が必要です(民法724条)。



【取材協力弁護士】
伊賀 恵(いが・めぐみ)弁護士
平成16年、大阪で弁護士登録をし、平成20年から三重弁護士会で弁護士活動をしています。大阪では企業法務から離婚男女関係などの事件・破産など幅広く事件を扱い、三重弁護士会では、弁護士会の副会長に就任したり、三重県男女共同参画センターの相談員となるなど積極的に活動をしています。
事務所名:ふりはた綜合法律事務所
事務所URL:http://www.furihata-law.jp/