消えゆく「公団ゴシック」 高速道路独特のあの書体
高速道路の標識で40年以上にわたり使われてきた「公団ゴシック」。その独特な字形が特徴的ですが、現在、これを目にする機会が減りつつあり、近い将来には見られなくなるかもしれません。
画やハネなどを省略した独特な書体「公団ゴシック」
「高速道路独特の文字」を使った標識がいま、数を減らしつつあります。それを見られる時間はもう、限られているかもしれません。
高速道路の標識には、これまで和文に「公団標準文字」、いわゆる「公団ゴシック」と呼ばれるフォントが使われてきました(英文は「ノイエ・ハース・グロテスク」)。「公団」とは、民営化されてNEXCO各社などになる前の「日本道路公団」のこと。2005(平成17)年まで日本の高速道路などを建設、管理してきた特殊法人です。
「東京 世田谷」などと書かれた標識は「公団ゴシック」が用いられているが、右側の「首都高速」は別のフォントが用いられている(写真出典:photolibrary)。
1963(昭和38)年7月、日本で最初の高速道路として名神高速の栗東IC〜尼崎IC間71.7kmが開通しました。そのときから標識に使用されているのが「公団ゴシック」です。
このフォントは、遠くから、そして速く移動するクルマからでも認識しやすいよう、字の画が直線的にデザインされ、さらに画やハネなどが省略されるなど、独特のものになっています。しかしこの「公団ゴシック」を使った標識は、近い将来、見られなくなるかもしれません。
「公団ゴシック」使用終了の背景にあった特有の事情
「公団ゴシック」は、長年にわたり全国で使われたことから、問題を抱えるようになりました。標識メーカーそれぞれが製作し続けてきたため、文字ごとのばらつきが著しく、フォントとしての統一感に欠けていた、というものです。また、字画を省略しすぎて、正字かどうか疑わしい字が散見されたこともあります。
日本で高速道路が誕生した当時は、いまほどフォントの選択肢がなかった時代。高速道路で必要なフォントは、1字ずつ必要に応じて作るしかありませんでした。
しかしデジタルフォントが普及した現在では、視認性に配慮したフォントも登場。1字ずつ個別にデザインしていた「公団ゴシック」を使い続けるよりも、販売されているフォントを導入するほうが効率的になってきました。
「公団ゴシック」の標識(上)と「ヒラギノフォント」などを採用した新標識のイメージ。「越」「山」は特に違いがわかりやすい(画像出典:SCREENホールディングス)。
そこで2010(平成22)年、NEXCOの3社が標識用の新フォントとして、和文に「ヒラギノW5角ゴシック体」、アルファベットに「ビアログミディアム」、数字に「フルティガー65ボールド」を採用しました。
これらの新フォントは現在、新たに設置される標識や老朽化して交換される標識に使われています。つまり、「公団ゴシック」の標識はいまあるものだけで、今後、新たに作られることもないことを意味しており、NEXCO中日本は「当然、より減っていくことになる」と話します。
消えつつある「公団ゴシック」、しかし意外な形で進化中?
そんな消えゆく「公団ゴシック」ですが、独特のビジュアルに魅力を見いだし、手作りでそれを再現したフォントがあります。「ぱんかれ(pumpCurry)」さんによるフォント「GD-高速道路ゴシックJA-OTF」です。2005(平成17)年に製作が始まったフォントは現在、1893文字が公開されています。
フォント作りにはさまざまな苦労や発見があるといいます。ぱんかれさんによると、標識の文字は、「隣り合う文字」にも配慮して直線や曲線が構成されているとのこと。たとえば「東京」と「京都」の「京」の字は実は違いがあるなど、同じ文字でも何種類か存在している場合があるそうです。
しかしパソコン用のフォントにした場合は、同じ文字は基本的にひとつだけ、加えてどの字が隣に来るかはユーザー次第という「標識だったら本来ありえない」状況になります。そのため、バランスの取り方ルールを独自に定め、どの文字が隣に来てもなんとなく馴染むよう、文字ごとに調整を行っているそうです。
「GD-高速道路ゴシックJA-OTF」の文字。独特の字形や線画の省略が再現されている(乗りものニュース編集部作成)。
現在、諸事情でフォント製作を見直しているものの、「もうまもなく、新たな文字の公開を再開したい」(ぱんかれさん)とのこと。
「新しい字の公開は(いまは)止まっていますが、開発はやめておらず、可能ならすべての字の製作が終わるまで、死ぬまで携われたらな、と思っています。映画の字幕の文字のように、高速道路のこの標識文字も、みんなのすぐそばにあった、身近な文字だったんだよ、というのを、後世にのこせていけたらな、と思っています」(ぱんかれさん)
NEXCO中日本によると、道路標識の耐用年数は「20年」とのことですが、これはあくまで資産上の目安。実際は設置環境などに左右されるため、標識の“寿命”は一概にはいえないそうです。
ただ、標識が更新されるにつれて「公団ゴシック」を目にする機会が将来的に減っていくことは事実。今後、高速道路を利用するときは、味わい深いあのフォントの標識を意識して“鑑賞”し、目に焼き付けておくのもいいかもしれません。