今季女子ツアーのメジャー第3弾、日本女子オープン(9月29日〜10月2日/栃木県・烏山城CC)を制したのは、アマチュアの畑岡奈紗(17歳/ルネサンス高3年)だった。アマチュア選手がこの大会で優勝したのは、もちろん史上初。しかも、17歳263日での戴冠は史上最年少(これまでの記録は2005年大会に優勝した宮里藍の20歳105日)と、まさしく記録ずくめの快挙だった。

 その歴史的な出来事から8日後の10月10日、畑岡はプロ転向を表明した。すでに畑岡は、米女子ツアーのQT(予選会)のファーストラウンドを通過している。そのため、プロ転向を発表すると、すぐに渡米。米女子ツアーのセカンド、そしてサードQT(※予選会はサードが最終)に挑む。もし通過すれば、来季からは早くも「米女子ツアーに挑戦する」と、意欲満々だ。

 中学校時代から、日本を代表するプロゴルファー・中嶋常幸(61歳)のゴルフアカデミーに入門した畑岡。尊敬する人も、中嶋だという。

 そんな彼女の凄さについて、師匠の中嶋は次のように語って絶賛した。

「悪いところを探すのが大変。それでも、『(ボールが)曲がる』って文句を言うほど、貪欲な選手。日本女子オープンでは、最終日の13番辺りから(勝てる)雰囲気が出てきていた。あの集中力は、凄いよね。それに、目標が高い。あの最終ホールでバーディーを獲るって、何か"持っている"としか言いようがない」

 ゴルフの勝負で、最後の最後に求められるのが、勇気と決断。つまり、逃げない。怖がらないで、自分を信じ切って1打を放つこと。それが、究極だ。

 中嶋が言う、日本女子オープンの最終日最終ホールのバーディーパット。畑岡はそのパットを打つときのことをこう語っている。

「外したら、カップの先へ3〜4mは転がってしまいそうなラインでした。でも、軽いフックラインであることは読めていたので、カップインさせることしか考えないようにしました。あとは、なるようにしかならない......と、自分に言い聞かせてストロークしました」

 実は、カップを外したら4mどころか、「池にまで転がっていく、下りのラインだった」と競技委員は言っている。それを怖がらずに打った、その勇気と決断こそ、彼女の大きな財産だ。

 しかしながら、畑岡のここまでの道のりは、決して順風満帆だったわけではない。

 ちょうど2年前の日本女子ジュニア選手権のことだった。畑岡は最終ラウンドを前にして、後続に6打のリードをつけて首位に立っていた。ところが、最終ラウンドでその6打差を失って、大逆転負けを喫してしまった。そのとき優勝したのが、当時高校1年生でプロツアーを制して脚光を浴びていた、勝みなみ(18歳/鹿児島高3年)だった。

 畑岡の凄さは、このときにも垣間見られている。彼女は、この敗戦(失敗)で挫折感を覚えるのではなく、むしろ発奮の糧として努力を重ねた。言い換えれば、早い時期に失敗を繰り返すことによって、それは挫折感を味わうことではなく、成功への階段だと感じられる自分がいたのである。

 畑岡は、昨年から日本ゴルフ協会のナショナルチームの一員となっている。そしてこの2年間は、チームとして海外へ派遣され、数多くの大会にも出場してきた。加えて、ナショナルメンバーとして科学的なトレーニングなども消化し、メンタル、フィジカル面での強化も図ってきた。特に今年は、世界アマ(女子の部)にも参加。それ以前の海外合宿を含めて、世界トップレベルで戦う経験もこの世代としては豊富だ。そこで得たものは計り知れない。

 ドライバーの平均飛距離は、250ヤード。これは、現時点では世界で戦える飛距離だ。そのうえ、ショートゲームのうまさが際立つし、何と言っても"勝負強い"というのは頼もしい限り。

「毎回、アカデミーの合宿の最後に日には、プレーオフをやるんですよ。つまり、1対1で戦わせて、そのホールで相手に負けたら終わり、というサドンデス。これにはみんな、目を輝かせて戦うんだけど、畑岡もそういう経験が生きているのだと思う」

 中嶋がそんなことも話してくれた。

 畑岡の出現は、2020年東京オリンピックでの日本ゴルフ界の活躍を期待させるものだと思う。彼女たちの世代は、今までと違ったスケールを持っている選手がまだまだいる。その筆頭が、畑岡奈紗である。

三田村昌鳳●文 text by Mitamura Shoho